奈良県明日香村の遺跡へ行こう!おすすめ観光スポット|体験レポート

川原寺跡

奈良県といえば、大仏や鹿を思い浮かべる人が多いと思います。
修学旅行で行かれた方も多いのではないでしょうか。

しかし、奈良県で見るべきところはそこだけではありません。
今回は大仏さんの創建された奈良時代よりも120年以上も昔に都があった、明日香村を紹介したいと思います。

明日香村の歴史

明日香村に初めに都ができたのは592年。
今から1400年以上前の出来事です。

豊浦というところで推古天皇が即位しました。
かの有名な聖徳太子もこの時代の人物で、推古天皇の甥にあたります。

奈良に都が遷るまでの120年間、明日香に都がおかれ、政治・文化は飛躍的な進化を遂げました。

飛鳥時代にはじまったものごと

  • 時計・暦
  • 官僚制度・国政機関
  • 中央と地方の行政区間
  • 納税制度
  • 戸籍制度
  • 貨幣経済
  • 「日本」「天皇」の呼称
  • 交通路・都市計画
  • 寺院(飛鳥寺は日本初の本格寺院である。)
  • 歴史書・文学(『日本書紀』『万葉集』など)

明日香村では様々な遺跡が発掘されていますが、20年ほど前、キトラ古墳の玄武・白虎などの壁画が公開されたときにはニュースになりましたので、覚えていらっしゃる方もいるかもしれません。
村の各所には、飛鳥時代の遺跡が点在しています。
それらの一部をご紹介したいと思います。

亀石
明日香村の亀石
↑人と比べると、大きいです!

亀石とは、その名のとおり、亀の形をした石造物です。
いつ、どのような目的で作られたのかはわかっていません。

しかし、このような伝説が残っています。

奈良盆地一帯が湖であった頃、対岸の当麻のヘビと川原のナマズの争いの結果前者が勝ち、水を吸い取られた結果、川原の辺りは干上がってしまい、湖のカメはみんな死んでしまった。
これを哀れに思った村人たちは、「亀石」を造って供養をしたという。

この伝説には恐ろしい続きが・・

亀石は、最初は北を向いていたが、次に東を向いたと言う。
そして、現在は南西を向いているが、西に向き、当麻のほうを睨みつけると、奈良盆地は一円泥の海と化すと伝えられている。
Wikipediaより引用)

最古の昔からずっと、明日香の地を見守っている亀石。
穏やかな顔ですが、これが動いてしまうとき・・・そんな時がこないよう、明日香村の遺跡と自然をこれからも守っていく必要があるように思います。

石舞台古墳
石舞台古墳
上に盛った土が失われ、石室が剥き出しのままになっている珍しい古墳。
蘇我馬子の墓ともいわれていますが、こちらも推測です。
石室の中には入ることができ、真夏でも中はひんやりしています。

ずっと土に埋まっており、昭和初期に発掘された際には、弓矢の矢じり、須恵器の破片、石棺の一部しか残っていなかったそうです。
すでに盗掘にあっていたのです。
本来のまま発掘されていれば・・・世紀の大発見があったかもしれません。

鬼の俎(まないた)、鬼の雪隠(せっちん)
鬼の俎
↑こちらが、鬼の俎。

鬼の雪隠
↑こちらが、鬼の雪隠。
雪隠とは、トイレのことです。背景の竹やぶの中に、俎があります。

明日香村には、鬼が本当にいたのでしょうか!?このような伝説があります。

言い伝えによると、風の森と呼ばれるこの地方に鬼が棲んでおり、通行人を騙してとらえ食べたと云われている。
「俎」で調理し、「雪隠」で用を足したという。
(Wikipediaより引用)

しかし実際は、それぞれ石棺の一部だということがわかっています。
俎が石棺の底の部分、雪隠がふたの部分で元の場所から転げ落ちたもの。
確かに、俎は静かな竹林の中にひっそりとあり、雪隠はそこから少し下った田畑の中にあります。

近くには中学校があり、生徒が歩いていきます。
小さい頃から当たり前のように遺跡を身近にして過ごしているのですね。

その他にも、猿の形をした猿石(四体あり、それぞれ違った表情をしている)や、人間の善悪の二面を背中合わせで現した二面岩など、見るべき遺跡がたくさんあります。

実際に行ってみました。

七月の暑い時期にレンタサイクルで回りました。
夏はやはり暑い!坂道も多少あるので、運動不足の方には電動自転車をオススメします。

明日香村では、景観を守る条例があるそうです。
その為か、コンビニや郵便局の屋根が瓦葺なのも、この土地ならでは。
明日香村のコンビニ

行楽シーズンには家族連れなど多くの人が訪れますが、猛暑の元では人もまばら。
しかし日陰は涼しく、森を吹き抜けてくる風にあたりながら、休憩所のベンチで昼寝をしたり、のんびりした時間を過ごしました。

明日香村の魅力は、1400年以上前の遺跡が今も現存し、それらが風景の中に溶け込んでいるところ。
また、それらはいつ、だれが、なぜ作ったのかが未だ謎に満ちているところだと私は思います。
聖徳太子すら本当は実在しなかったのではないか、という説すらあるのです。
川原寺跡
↑こちらは、川原寺跡です。
残っているのは柱跡のみ・・・。
だからこそ、はるか昔から変わらない自然風景の中で、わたしたちは想像をかきたてることができるのです。
みなさんも、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

参考/おすすめ書籍

Sponsored Link

シェアする

関連

関連