当サイトはアフィリエイト広告を使用しています。

田中家具製作所・粟田敏幸さん|大阪泉州桐箪笥職人インタビュー|伝統を繋ぐ人々

【伝統を繋ぐ人々】大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さん

【伝統を繋ぐ人々】大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さん

【プロフィール】
粟田敏幸(あわたとしゆき)
1976年 大阪府岸和田市生まれ
1995年 株式会社田中家具製作所に入社し、父 粟田秀男に桐箪笥製造技術を習う
2007年 大阪泉州桐箪笥伝統工芸士認定

Q1. 工芸品について教えてください。

私の作っている大阪泉州桐箪笥は国の伝統的工芸品に指定されています。
大阪泉州桐箪笥は約300年前、江戸時代には既に大阪の心斎橋辺りでたんす作りが盛んに行われていたようです。

更に時代が進むにつれ、堺、泉州と生産地が郊外に移っていったようです。
大阪泉州桐箪笥は上方商人の文化、派手好きの大阪気質の背景もあり、ほかの産地の桐箪笥よりも使用する桐材の厚みが厚く、組手の数も多いことなどから桐たんすの最高峰と言われています。

ご存知かと思いますが、桐箪笥は「身を焼いて中身を守る」と言われ火事の際にも燃えにくく、湿度や虫を寄せ付けない働きがあるため、衣服や高級な物の保存に最適とされています。

大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さんの写真1

Q2. 職人になろうと思ったきっかけとこれまでの歩みを教えてください。

母方の祖父が桐箪笥製造を始め、私の父もそこで働く桐たんす職人でした。
職場も近くですので、中学生のころから桐原木の「木干し」などを手伝っていました。

傍で父の作業する様子を見ていて、鉋をかけている様子や、みるみる木が組みあがっていく様子を見てかっこいいなぁと思ったのが職人になるきっかけだったと思います。

そして高校卒業後、現在働いている株式会社田中家具製作所に入社し、父に桐箪笥の製造を教えてもらいました。

現在私は職人歴23年目。
父はすでに現役を引退していますが、約20年間一緒に仕事をすることができました。

Q3. 職人として一人前になるにはどういったことが必要ですか。

まず「経験」だと思います。

いいものを見る経験、人の仕事を見る経験、失敗する経験、お客様の所に桐箪笥を届ける経験などいろいろありますが、たくさんの経験を積むこと。
そしてそれを職人として、日々の仕事の糧にしていける人間になることが必要だと思います。

大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さんの写真3

Q4. お仕事の流れを教えてください。

工房内では木取、木地づくり、塗装仕上げ、の3つの工程に分かれています。
私は主に桐たんすの木地づくりを担当しています。

木取職人から箪笥一棹分の材料を与えられ、板を作り、切断し、組手加工、組み立て、引出しや扉を仕込むまでが木地づくりです。
一カ月に2~3棹の桐箪笥を担当します。

Q5. 仕事でつらい点、良かったと思う点を教えてください。

私たちの作る桐たんすは決して安くはない買い物なので、お客様に納得していただける最高の品質のものを作り出していかなければなりません。

しかし私たちは作家さんではないので、限られた時間の中で丁寧な仕事をしていかなければなりません。
速さと丁寧さとの兼ね合いが難しいところだと思います。

良かったと思うのは、やはり桐たんすを大切に末永く使ってくれるお客様がいることです。

大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さんの写真5

Q6. 情報発信で行っていることはありますか。

会社のホームページがあり、その中で「工房だより」というページを担当しています。

工房の日常や、こだわりなどを職人目線で紹介しています。
製作の片手間でやっているのであまり更新できませんが引き続き頑張っていきたいと思っています。

大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さんのホームページ

Q7. 今後の展望を教えてください。

今後の展望は非常に厳しいと思っています。
ありとあらゆる物が社会にあふれ、高価なものから安価なものまでクリック一つで購入でき、カンタンに暮らしていくことができる時代です。

これからは心の時代などと言われますが、私たちの立ち位置は一体どこなのか未だわかりません。

Q8. 最後に、職人を目指す人へメッセージをお願いします。

ものづくりは楽しいです。
しかもとても奥が深く、飽きることがありません。

一人前になるまでは大変かと思いますが頑張ってください。
応援しています。

大阪泉州桐箪笥/粟田敏幸さんの写真4