日本古来から染め物と聞くと、淡い色使い、あるいは屏風絵のような繊細な図柄をイメージされる方が多いと思います。
しかし、これは染め物文化の一面だけを切り取ったものであり、日本各地では、その土地に根付いた技法・美意識に基づいた様々な染め物が作られてきました。
その最たるものが房総半島の沿岸部で作られてきた万祝(まいわい)です。
原色を大胆に使った鮮やかな色彩からは日本文化の多様性が感じられます。
1.万祝の歴史
万祝は、房総半島沿岸部の漁師町で生まれた染め物です。
大漁・豊漁の際に網元から漁師に配られてきた祝いの品であり、いわゆるハレの場に着る衣装として広まりました。
この万祝を配る文化がいつ生まれたかは定かではありませんが、江戸末期に活躍した絵師である歌川貞秀の『銚子口大漁萬祝ひの図』にも万祝衣装を着た漁師の姿が描かれていることから、遅くとも江戸末期にはハレの場の衣裳として定着していたものと考えられます。
房総半島から生まれた万祝いの文化は、次第に太平洋沿岸各地の漁師町にも広がりを見せ、明治期には房総から他地域への商品供給も行われたようです。
館山湊の博物館(旧千葉県立安房博物館)には、明治44年に青森県八戸市の海産物業者から注文を受けて製作された万祝が現存しており、その鮮やかな色彩には目を奪われます。
時が経つにつれて、ハレの場に万祝衣装を着る文化は徐々に廃れていきましたが、それでも漁船に飾る大漁旗やお祭り衣装としていまだに愛され続けています。
2.万祝の特徴
万祝の最大の特徴は、その大胆・豪快・カラフルなデザインにあります。
元々、お祝いの際に配られる、ハレの場で着るための衣装ですので、鶴や亀、松竹梅といった縁起物を題材にしたことが多かったようです。
万祝の絵柄、技法は、職人の間で代々受け継がれてきており、ある工房には明治6年に刊行された万祝見本帳が残されているようです。
万祝の絵は、下絵となる型紙を作った上でそこに色を差し込んでいくようにして作られます。
色の具材には藍玉の顔料が使われますが、これは日光に強く、使えば使うほど色に深みが出てくるといった特徴があります。
これが潮風にも耐えてなお映える万祝の持ち味を支えています。
時代が下るにつれて、その時々の流行や漁師の要望に合わせたデザインを取り込んでいったこともあり、万祝は日本の漁民芸術の華ともいわれています。
大胆な色使いからは、同じ島国文化である南国、ハワイアン衣装に通じるものを感じます。
房総半島からアメリカ西海岸に渡ったアワビ漁師が豊漁を祝って万祝の半纏を着たとも伝えられていますので、海を越えた文化の交流があったとしても不思議ではありません。
明治期に制作されたモントレー万祝には、日米の国旗やローマ字が染め抜かれており、どこかアメリカンカジュアルな印象も受けます。
伝統を守りつつも、柔軟に新しいデザインを取り入れていった万祝職人の心意気が感じられます。
3.万祝いを楽しむ
現在も千葉県内には、万祝の工房が数軒残っており、半纏、大漁旗のほかに、帽子や鞄といったファッション小物やテーブルクロスなども制作しています。
大胆だけれどもどこか懐かしい万祝を日々の暮らしやインテリアに組み入れてみるのもいいかもしれません。
鴨川萬祝染 鈴染HP
また、千葉県南房総市の白浜海洋美術館には、多くの万祝作品が所蔵・展示されており、別名「万祝美術館」とも称されています。
万祝のほかにも漁民文化に由来した美術作品が所蔵されていますので、観光ルートのひとつに加えてみてはいかがでしょうか。
館内では、オリジナルの万祝Tシャツも販売しているようです。