今物語(いまものがたり)は画家・歌人の藤原信実が編んだといわれる説話集で、鎌倉時代に成立しました。
五十三話からなる全一巻の本で、簡潔な和文体で記されています。
今回は高校古典の教科書にも出てくる今物語の中から「やさし蔵人(くらうど)」について詳しく解説していきます。
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今物語「やさし蔵人」の解説
今物語でも有名な、「やさし蔵人」について解説していきます。
「やさし蔵人」の原文
大納言なりける人、小侍従ときこえし歌詠みに通はれけり。
ある夜、もの言ひて、暁帰られけるに、女の門を遣り出だされけるが、きと見返りたりければ、この女、名残を思ふかとおぼしくて、車寄せの簾に透きて、一人残りたりけるが、心にかかりおぼえてければ、供なりける蔵人に、
「いまだ入りやらで見送りたるが、ふり捨てがたきに、何とまれ、言ひて来。」
とのたまひければ、ゆゆしき大事かなと思へども、ほど経べきことならねば、やがて走り入りぬ。
車寄せの縁の際にかしこまりて、
「申せと候ふ。」
とは、さうなく言ひ出でたれど、何と言ふべき言の葉もおぼえぬに、折しもゆふつけ鳥、声々に鳴き出でたりけるに、「あかぬ別れの」と言ひけることの、きと思ひ出でられければ、
とばかり言ひかけて、やがて走りつきて、車の尻に乗りぬ。
家に帰りて、中門に下りてのち、
「さても、何とか言ひたりつる。」
と問ひ給ひければ、「かくこそ。」と申しければ、いみじくめでたがられけり。
「さればこそ、使ひにははからひつれ。」
とて、感のあまりに、しる所などたびたりけるとなん。
この蔵人は内裏の六位など経て、「やさし蔵人」と言はれける者なりけり。
「やさし蔵人」の現代語訳
大納言であった人が、小侍従と申しあげた歌詠みの所にお通いなさっていた。
ある夜、契りを交わして、(大納言が)朝方お帰りになった時に、(車を)女の家の門からお出しになられたが、何気なく振り返って見ていると、この女が、名残を惜しむかのように、車寄せの簾に透けて、一人残っているのが、気になるように思われたので、供であった蔵人に、
「まだ(家に)入らずに見返っているのが、振り捨てて帰りにくいので、なんでもよいから、言って来なさい。」
とおっしゃったので、大変なことだなあと思ったけれど、時間がたってはならないことだったので、すぐに(家に)駆け入った。
車寄せの縁の端にかしこまって、
「(私から)申しあげなさいと言うことです。」
とは、あれこれ考えることなく言い出したけれど、何を言ってよいものか言葉もわからなかったが、ちょうどその時に鶏が、声々に鳴き出したので、「あかぬ別れの」と言った(小侍従の歌の)ことが、ふと思い出されたので、
とだけ(歌を)伝えて、(蔵人は)すぐに走って追いついて、車の後方に乗った。
(大納言)の家に帰って、中門に降りた後、
「それにしても、なんと言ったのか。」
と尋ねなさったところ、「このようです。」と申しあげたので、とても感心なさった。
「だからこそ、(おまえを)使いにと思ったのだ。」
と言って、感動のあまりに、統治していた領土などを授けたということだ。
この蔵人は内裏の六位などを経て、「風流心のある蔵人」と言われた者であった。
「やさし蔵人」の単語・語句解説
申しあげた。
[もの言ひて]
契りを結んで。ともに一晩を過ごして。
[何とまれ、言ひて来]
なんでもよいから何か言って来なさい。
[ほど経べきことならねば]
時間がたってはならないことなので。
[何とか言ひたりつる]
なんと言ってきたのか。
[かくこそ]
このようです。
[いみじくめでたがられけり]
たいそう感心なさった。
[使ひにははかられつれ]
使いにしようと思った。
[感のあまりに]
感心のあまりに。
[しる所]
領土。
[たびたりける]
お与えになった。
*「やさし蔵人」でテストによく出る問題
○問題:「申せと候ふ。」とはどういう事か。
答え:女性との別れの悲しさを供の蔵人から申しあげよと、大納言から言われたということ。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は今物語(いまものがたり)でも有名な、「やさし蔵人(くらうど)」についてご紹介しました。
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