しのびね「嵯峨野わたり」原文と現代語訳・解説・問題|王朝物語

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「しのびね」は、平安時代に書かれた王朝物語で、作者はわかっていません。

今回はそんな高校古典の教科書にも出てくるしのびねの中から「嵯峨野わたり(さがのわたり)」について詳しく解説していきます。

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しのびね「嵯峨野わたり」の解説

しのびねでも有名な、「嵯峨野わたり」について解説していきます。

しのびね「嵯峨野わたり」の原文

神無月ばかりのことなるに、少将殿は嵯峨野わたりの紅葉御覧ありて、小倉の裾など心静かにながめ歩き給ふほどに、いと由ある小紫垣のうちに、耳慣れぬほどの琴の音響き合ひて聞こゆ。

「思ひよらぬ琴の音かな。いかなる人の弾くらん。」

と随身に案内させ給ふに、

「御簾かけわたして、格子二間ばかり上げたるうちに侍る。」

と申せば、何となくおはして、小紫垣の蔭にうち隠れて聞きおはす。

日も暮れゆけば、琴も弾きさしつ。
月やうやうさし出でてをかしきほどに、何人ならん、ゆかしと思して、人見ぬ方の簀子に尻かけてながめ居給ふに、おとなしやかなる声にて、

「いと艶なるにほひかな。いづくより吹きくる風にや。」

と言へば、少し若き声にて、

「姫君の方に、御火取り召しつるさにこそあらめ。」

と言ふに、さればこそ、姫君など言ふと思して、見つけられなば、たよりにして言ひもよらまほし。
見あらはさぬほどは、人の容貌も知りがたきことぞかし。
されども琴の音にかよひたるありさまならば、などておろかならん。
いかにして見るわざしてんと思して、やをらのぼりて、立蔀のもとにたたずみ給へど、格子参らする人、見もつけで入りぬ。

大殿油参る気色にて、いづくも仮の住処と見えて、したたかならずあさはかなる住まひなれば、ここかしこ垣間見歩き給ふ。
隅の間の方に、細き隙見つけてのぞき給へば、人々集まりて、絵にやあらん、巻物見居たり。

少し奥の方に添ひ臥したる人や、もし姫君といふ人ならんと、目をつけて見給へば、菊の移ろひたる五つばかり、白き袴ぞ見ゆる。
髪のこぼれかかりたるは、まづうつくしやと、ふと見えたるに、顔はそばみたれば見えず。
四十あまりなる尼君、白き衣のなえばめる着て、寄り臥して、絵物語見居たり。

「目のかすみて、小さき文字は見えぬこそいとあはれ。積もる年のしるしにこそ。火明かくかかげんや。」

と言ふに、小さき童寄りて、ことごとしくかかげたれば、きらきらと見ゆる。
奥なる人、腕を枕にして居給へれば、

「大殿籠るにや、さらば読みさしてん。」

と言ふに、少し起き上がりて、

「さ(*)もあらず、よく聞き侍るを。」

とて、少しほほゑみたる顔の、言はんかたなくうつくしければ、胸うちさわぎて、あさましきまでまもらるるに、いかなる人の、かかる山里には忍びて居たらんとあはれにて、出づべき心地もせず。

絵見果てて人々さしのき、

「なほめづらしきにほひのするかな。ここもとに薫き給ふ香の香に似ざんめり。」

と言へば、御格子参らせつる童、

「さきに外へ出でて侍れば、さと薫りかかり心地し侍る。」

と言ふに、恐ろしくて立ちのき給ふ。

しのびね「嵯峨野わたり」の現代語訳

神無月のことであるが、少将殿は嵯峨野辺りの紅葉をご覧になって、小倉山の麓などを心静かにもの思いにふけりながら歩きなさるときに、とても趣ある小柴垣の中で、聞きなれないほど(すばらしい)琴の琴の音が響きあって聞こえる。

「思いもよらない琴の琴の音だなぁ。どのような人が弾いているのだろう。」

と、お供の者に事情を探りさせなさったところ、

「御簾をいくつも並べかけて、格子を二間ほど上げた中におります。」

と申し上げると、なんとなくいらっしゃって、小柴垣の陰に隠れて(琴の琴の音を)聞いていらっしゃる。

日も暮れてゆくので、琴の琴も弾くのをやめてしまった。
月がだんだん出てきて趣深い頃に、どういう人なのだろう、知りたいとお思いになって、人が見ない方の簀子に腰かけてぼんやりと見ていらっしゃると、落ち着いた声で、

「とても優美な香りだなぁ。どこから吹いてくる風だろうか。」

というと、少し若い声で、

「姫君の部屋に、火取香炉をお取り寄せになった、そうであるのでしょう。」

と言うと、やはり思ったとおりだ、姫君などと言う(=姫君と呼ばれるような人がいるのだ)とお思いになって、もし(自分が)見つけられてしまったならば(それを)きっかけとして言い寄りたい。
見きわめないうちは、(その)人の容貌も知ることができないことよ。
そうではあるが琴の琴の音に通じるところがある様子であるならば、どうして並ひと通りであろうか(、いや、すばらしいにちがいない)。
何とかして見る方法がほしいとお思いになって、そっと(簀子に)上がって、立蔀の近くにお立ちなさるが、格子を下ろしする人は、(少将を)見つけもしないで入ってしまった。

灯火をともして差しあげる様子で、どこも仮の住みかと思われて、簡素で奥行きのない住居であるので、(少将は)あちらこちらのぞき見して回りなさる。
目に付きにくい間の方に、細い隙間を見つけておのぞきになると、人々が集まって、絵であろうか、巻物を見ている。

少し奥の方で物に寄りかかっていらっしゃる人が、もしかすると姫君という人だろうかと、じっと様子をご覧になると、菊の花が色あせた色彩の襲と、白い袴が見える。
髪が(顔に)垂れかかっている様子は、ともかくかわいらしいと、ちょっと見えたが、顔は横を向いているので見えない。

四十歳あまりである尼君が、白い衣で柔らかくなったものを着て、横になって、巻物を見ている。

「目がかすんで、小さい文字は見えないのがとてもつらいことよ。 年をとった証拠である。 火を明るくかかげてくれないか。」

というと、小さい子供が寄ってきて、仰々しく灯火をかかげたので、(中が)光輝いて見える。
奥にいる人は、腕を枕にしていらっしゃるので、

「お休みになっていらっしゃるのかしら、それならば読むのをやめよう。」

と言うと、少し起き上がって、

「そんなことはありません、よく聞いておりますのに。」

と言って、少しほほ笑んでいる顔が、言いようもなくかわいらしいので、胸が騒いで、驚きあきれるほどじっと見つめられるので、どのような人が、このような山里に隠れて暮らしているのだろうとしみじみと心動かされて、出ようという気持ちもしない。

絵を見終わって人々が退き、

「やはり素晴らしい香りがするなぁ。すぐ近くで薫きなさる香の香には似ていないようだ。」というと、

御格子を下ろしした子どもが、

「先に外へ出ておりますと、さっとよい香りがするような気持ちがします。」

と言うので、驚いてそこを立ちのきなさる。

しのびね「嵯峨野わたり」の単語・語句解説

[ながめ歩き給ふ]
もの思いにふけりながら歩きなさる。

[いと由ある]
とても趣のある。

[弾きあっしつ]
弾くのをやめてしまった。

[艶なるにほひかな]
優美な香りだなあ。

[やをら]
ここでは”そっと”や”おもむろに”の意味。

[顔はそばみたれば]
顔は横を向いているので。

[なえばめる着て]
柔らかくなったのを着て。

[言はんかたなく]
言いようもなく。

[あさましきまで]
(自分でも)驚きあきれるほど。

[あはれにて]
しみじみと心動かされて。

[似ざんめり]
似ていないようだ。

*しのびね「嵯峨野わたり」でテストによく出る問題

○問題:「さ(*)」はどのようなことを指すか。
答え:「寝ている」ということ。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回はしのびねでも有名な、「嵯峨野わたり」についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

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