住吉物語(すみよしものがたり)は1221年頃に書かれた擬古物語(ぎこものがたり)で、作者は不詳となっています。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる住吉物語の中から「初瀬の霊夢(はつせのれいむ)」について詳しく解説していきます。
住吉物語「初瀬の霊夢」の解説
住吉物語でも有名な、「初瀬の霊夢」について解説していきます。
住吉物語「初瀬の霊夢」の原文
春秋過ぎて、九月ばかりに初瀬に籠りて、七日といふ、夜もすがら行ひて、暁がたに少しまどろみたる夢に、やんごとなき女、そばむきて居たり。
さし寄りて見れば、わが思ふ人なり。
うれしさ、せんかたなくて、
「いづくにおはしますにか。かくいみじきめを見せ給ふぞ。いかばかりか思ひ嘆くと知り給へる。」
と言へば、うち泣きて、
「かくまでとは思はざりしを。いとあはれにぞ。」
と言ひて、
「今は帰りなん。」
と言へば、袖をひかへて、
「おはしまし所、知らせさせ給へ。」
とのたまへば、わたつ海のそことも知らずわびぬれば住吉とこそあまは言ひけれと言ひて立つを、ひかへて返さずと見て、うちおどろきて、夢と知りせばと、悲しかりけり。
さて、仏の御しるしぞとて、夜のうちに出でて、住吉といふ所尋ねみんとて、御供なる者に、
「精進のついでに、天王寺、住吉などに参らんと思ふなり。おのおの帰りて、この由を申せ。」
と仰せられければ、
「いかに、御供の人なくては侍るべき。捨て参らせて参りたらんに、よきこと候ひなんや。」
と慕ひあひけれども、
「示現をかうぶりたれば、そのままになん。ことさらに、思ふやうあり。言はんままにてあるべし。いかに言ふとも、具すまじきぞ。」
とて、御随身一人ばかりを具して、浄衣のなえらかなるに、薄色の衣に白き単着て、藁沓、脛巾して、竜田山越え行き、隠れ給ひにければ、聞こえわづらひて、御供の者は帰りにけり。
住吉には、その暁、姫君の、御跡に臥したる侍従にのたまふやう、
「まどろみたりつる夢に、少将のたまふやう、心細かりつる山の中に、ただ人草枕して、起き臥し給う所に行きつれば、我を見つけて、袖をひかえて、
となんありつる。」
と、あはれに語り給へば、侍従、
「げにいかばかり嘆き給ふ(*)らん。まことの御夢にこそ侍れ。あはれとおぼさずや。」
と聞こゆれば、
「石木ならねば、いかでか。」
など言ひつつ、あはれげにおぼしたりけり。
中将は、ならはぬさまなれば、藁沓にあたりて、足より血落えり。
行きやらぬ気色なれば、道行き人、あやしき者ども、目をつけてぞ見合ひける。
さても、泣く泣く、酉の時ばかりに、はるばると並み立てる松の一むらに、芦屋ところどころにありて、海見えたる所に行きつき給ひぬれども、いづくとも知らず、思ひわづらひて、松の下に休み給ひけるに、十あまりなる童、松の落ち葉拾ひけるを呼び給ひて、
「おのれは、いづくに住むぞ。このわたりをば、いづくといふぞ。」
と問へば、
「住吉となん申す。やがれこれに侍るなり。」
と言へば、いとうれしきことと聞きて、
「このわたりに、さるべき人や住む。」
と仰せられければ、
「神主の大夫殿こそ。」
と言へば、
「さても、京などの人の住む所やある。」
と仰せらるれば、
「住江殿と申す所こそ。京の尼上とて、おはする。」
と言ひければ、こまかに訪ね問ひて、行き給ひたれば、江に作りかけたる家の、ものさびしき夕月夜、木の間よりほのかにさし入りて、をさをさしき人も見えず、いとものあはれなり。
住吉物語「初瀬の霊夢」の現代語訳
春と秋が過ぎて、九月頃に長谷寺に参籠して、万願となる七日目という時、一晩中勤行して、夜明け前に少しうとうとと眠ったその夢に、高貴な女が(出てきて)、横を向いて座っていた。
近寄って見ると、私が思いを寄せている人である。
(その)うれしさは、言いようもなくて、
「どこにいらっしゃるのですか。このようなつらいめをお見せになることよ。(私が)どれほど思い嘆いているか知っていらっしゃいますか。」
と言うと、(女は)ちょっと泣いて、
「これほどまでとは思っていませんでしたよ。とても気の毒です。」
と言って、
「今は帰ってしまいましょう。」
と言うので、(女の)袖を引っ張って、
「いらっしゃる場所を、お知らせください。」
とおっしゃると、海の底ともそこがどこともわからず思い悩んでいましたが、住みよい住吉と漁師は言うのだなあ。
と言って立ち去(ろうとす)るのを、引き留めて帰さないと(夢に)見たところで、はっと目が覚めて、もし夢と知っていたならば(目を覚まさなかっただろうに)と、悲しかった。
そして、仏のご利益だと思って、夜のうちに(長谷寺を)出て、住吉という所を尋ねてみようと思って、お供の者たちに、
「仏教修行のついでに、天王寺、住吉などに参ろうと思うのである。それぞれ帰って、このことを申しあげよ。」
とおっしゃったところ、
「どうして、お供の人がいなくておられましょうか。置き去りにし申しあげて(お邸に)帰参したならば、よいことがございますでしょうか(、いいえ、ございません)。」
と(言って)皆ついて行きたがったけれども、
「不思議な力をいただいたので、そのとおりに(しよう)。特別に、思うことがある。言うとおりにしなさい。どんなに言ったとしても、連れて行くつもりはないぞ。」
と言って、お供の者を一人だけ連れて、白い衣で柔らかくなったものに、薄紫色の衣に白い肌着を着て、藁沓に、すねに巻きつけ足を保護する布を巻いて、竜田山を越えて行き、お隠れになってしまったので、申しあげかねて、お供の者は帰ってしまった。
住吉では、その明け方、姫君が、(姫君の)御前近くで横になっている侍従におっしゃることには、
「うたたねをしていた夢で、少将がおっしゃることには、心細かった山の中で、たった一人旅寝をして、起きたり寝たりしなさる所に行ったところ、私を見つけて、袖を引き留めて、
[(行方を)尋ねることができずに深い山路に迷ったことだよ。あなたの住む所を、そこと教えてください。]
とあった。」
と、しみじみとお話なさるので、侍従は、
「本当にどれほど嘆いていらっしゃることでしょう。本当のお夢でございます。どうして気の毒だとお思いにならないでしょうか(、いや、思うでしょう。)」
と申しあげると、
「(人は)石木ではないので、どうして(思わないことがありましょうか、いや、思うでしょう)。」
と言いながら、感慨深げにお思いになっていた。
中将は、慣れないことなので、藁沓にあたって、足から血が出ている。
すんなり進めない様子なので、道行く人や、身分の低い者たちが、大勢でじっと(中将の様子)を見ていた。
それでも、泣きながら、午後六時頃に、はるばると並んで立っている松の一かたまりのある所に、芦で屋根を葺いた簡素な小屋が所々にあって、海が見えている場所に行き着きなさったけれども、どこともわからず、あれこれと思い悩んで、松の下でお休みになったが、十歳過ぎである子どもが、松の落ち葉を拾っていたのをお呼びになって、
「おまえは、どこに住んでいるのか。この辺りを、なんというのか。」
と尋ねると、
「住吉と申します。(私は)他ならぬここに住んでいます。」
と言うので、とてもうれしいことだと聞いて、
「この辺りに、立派な人が住んでいるか。」
とおっしゃったところ、
「神主の大夫殿が(お住まいです)。」
と言うので、
「ところで、京などの人が住む所はあるか。」
とおっしゃると、
「住江殿と申す所が(ございます)。京の尼上といって、住んでいらっしゃいます。」
と言ったので、細かく訪ねて、お行きになったところ、入り江に作りかけた家が、もの寂しい夕暮れの月(の光)が、木の間からほのかに入って、しっかりした人も見えず、たいそうしみじみとしている。
住吉物語「初瀬の霊夢」の単語・語句解説
夜通し。一晩中。
[行ひて]
勤行(ごんぎょう)して。
[やんごとなき女]
高貴な女。
[そばむきて居たり]
横を向いて座っていた。
[せんかたなくて]
言いようもなくて。
[おはしまし所]
貴人のいらっしゃる場所。
[わたつ海]
ここでは”海”や”大海”の意味。
[あま]
ここでや”漁師”や”漁夫”の意味。
[しるし]
ここでは”利益”や”功徳”の意味。
[侍るべき]
おられましょうか。
[候ひなんや]
ございますでしょうか(、いいえ、ございません)。
[示現をかうぶりたれば]
不思議な力をいただいたので。
[具すまじきぞ]
連れて行くつもりはないぞ。
[なえらかなるに]
柔らかくなったものに。
[聞こえわづらひて]
申しあげかねて。
[草枕して]
旅寝をして。
[尋ねかね]
尋ねることができずに。
[いかばかり]
どれほど。
[ならはぬさまなれば]
慣れないことなので。
[行きやらぬ気色]
すんなり進めない様子。
[あやしき者ども]
身分の低い者たち。
[目をつけてぞ見合ひける]
大勢でじっと見ていた。
[思ひわづらひて]
あれこれと思い悩んで。
[をさをさし]
しっかりしている。
*住吉物語「初瀬の霊夢」でテストによく出る問題
○問題:「嘆き給ふ(*)」のは誰か。
答え:少将(=中将)。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は住吉物語でも有名な、「初瀬の霊夢(はつせのれいむ)」についてご紹介しました。
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