俊頼髄脳(としよりずいのう)は源俊頼(みなもとのとしより)が書いた歌学書で、1112年(天永3年)頃に書かれました。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる俊頼髄脳の中から「鷹狩りの歌」について詳しく解説していきます。
俊頼髄脳「鷹狩りの歌」の解説
俊頼髄脳(としよりずいのう)でも有名な、「鷹狩りの歌(たかがりのうた)」について解説していきます。
俊頼髄脳「鷹狩りの歌」の原文
[濡れ濡れもなほ狩りゆかむ はし鷹の上毛の雪をうち払ひつつ]
これは、長能、道済と申す歌詠みどもの、鷹狩りを題にする歌なり。
ともによき歌どもにて、人の口に乗れり。
のち人々、我も我もと争ひ(*)て、日ごろ経けるに、なほこのこと今日切らむとて、ともに具して、四条大納言のもとにまうでて、
「この歌二つ、互ひに争ひて、今にこと切れず。いかにもいかにも判ぜさせ給へとて、おのおの参りたるなり。」
と言へば、かの大納言、この歌どもをしきりに詠め案じて、
「まことに申したらむに、おのおの腹立てれじや。」
と申されければ、
「さらに。ともかくも仰せられむに、腹立ち申すべからず。その料に参りたれば、すみやかに、承りて、まかり出でなむ。」
と申しければ、さらばとて申されけるは、
「『交野のみのの』といへる歌は、ふるまへる姿も、文字遣ひなども、はるかにまさりて聞こゆ。
しかはあれども、もろもろの僻事のあるなり。
鷹狩りは、雨の降らむばかりにぞ、えせでとどまるべき。
霰の降らむによりて、宿かりてとまらむは、あやしきことなり。
霰などは、さまで狩衣などの濡れ通りて、惜しきほどにはあらじ。
なほ、『狩りゆかむ』と詠まれたるは、鷹狩りの本意もあり、まことにもおもしろかりけむとおぼゆ。
歌柄も、優にてをかし。撰集などにも、これや入らむ。」
と申されければ、道済は、舞ひ奏でて出でにけり。
俊頼髄脳「鷹狩りの歌」の現代語訳
[どんなに濡れてもやはり狩りにゆこう。はし鷹の上毛の雪を払い落としながら。]
この歌は、藤原長能、源道済と申しあげる歌人たちの、鷹狩りを題にする歌である。
両方とも優れた歌であって、人々の間で評判になっている。
その後二人は、自分が自分がと争って、何日かたった時に、やはりこのことを今日決着をつけようと言って、一緒に連れ立って、四条大納言のところに参上して、
「この歌二つは、お互いに張り合っても、いまだに決着がつかない。ぜひともぜひとも判定なさってくださいと思って、それぞれ参上したのです。」
と言うと、この大納言は、この歌を何度も口ずさんであれこれ考えて、
「本当に申しあげたとしたら、それぞれ腹をお立てにならないだろうか。」
と申しあげなさったので、
「決して。どのようにおっしゃっても、腹を立て申すはずはない。そのために参ったので、すぐに、お聞き申しあげて、退出しましょう。」
と申しあげたので、それならばと言って申しあげなさったことは、
「『交野のみのの』と言った歌は、意識的に趣向を凝らして表現した歌のさまも、言葉の遣い方なども、はるかに優れていると思われる。
そうではあるけれど、あれこれ間違いがあるのだ。
鷹狩りは、雨が降ったくらいで、できないで中止になるだろうか。
雨が降ったことによって、宿を借りて泊まろうというのは、奇妙なことである。
霰などは、それほどまで狩衣などが濡れ通って、惜しいというほどではないだろう。
やはり、『狩りに行こう』と詠んでいらっしゃる歌は、鷹狩りの本来あるべき姿でもあり、真実としても趣深かっただろうと思われる。
歌全体の品格も、優雅ですばらしい。撰集などにも、これが入るだろうか。」
と申しあげなさったので、道済は、舞を舞いながら出ていった。
俊頼髄脳「鷹狩りの歌」の単語・語句解説
人もいないので。
[人の口に乗れり]
人々の間で評判になっている。
[日ごろ経けるに]
何日かたった時に。
[ともに具して]
一緒に連れ立って。
[こと切れず]
決着がつかない。
[しきりに詠め案じて]
何度も口ずさんであれこれ考えて。
[承りて]
お聞き申しあげて。
[まかり出でなむ]
退出しましょう。
[さらば]
それならば。
[僻事(ひがごと)]
ここでは”事実と異なること”や”間違い”、”謝り”の意味。
[えせでとどまるべき]
できないで中止になるだろうか。
[あやしきことなり]
奇妙なことである。
[優にてをかし]
優雅ですばらしい。
*俊頼髄脳「鷹狩りの歌」でテストによく出る問題
○問題:「争ひ(*)」とは何を争ったのか。
答え:それぞれの歌の優劣。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は俊頼髄脳でも有名な、「鷹狩りの歌」についてご紹介しました。
その他については下記の関連記事をご覧下さい。
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