藤簍冊子「秋山の記」原文と現代語訳・解説・問題|上田秋成の歌文集

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藤簍冊子(つづらぶみ)は上田秋成が江戸時代後期に書いた歌文集です。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる藤簍冊子の中から「秋山の記」について詳しく解説していきます。

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藤簍冊子「秋山の記」の解説

藤簍冊子でも有名な、「秋山の記」について解説していきます。

藤簍冊子「秋山の記」の原文

秋の山見にとにはあらで、この三年がほど、あしびきの病にかかづろひて、世のわたらひも何もはかばかしからぬ。
かかるを、昔は、但馬の城崎の出で湯にしるし見しかば、こたびもまたおぼし立てるを、しりに立ちて来る人も、年ごろ深ふ染みしことあれば(*)、ともにとて、ははそはの仰せのままに召し連るるなりけり。

長月の十日余り二日といふ日、門出す。
親しき友がきの妻のもとより、

「明日なんと聞こえ給ふにぞ、ゆくりなくも思う給ふる。たまぼこの道も絶え絶えにとか、おぼつかなささへ添ひて、胸つぶるるぞわりなき。

[朝な夕ななれにし君が出でて行かば 何わざをして月日過ごさん]

秋風もいたう身にしむころにしも侍れば、いとよういたはりて、御こともなくかしこに至り給ひね。
この厚肥えたるもの、いとあらあらしげなれど、山里の朝宵、しのがせ給はんにはとてなん。」

と、聞こえ来しに、情けある人の心をつくし錦身に添へ行かば寒けくもあらじうべしも天の羽衣と奉りぬるは。
こころざす所なん、山陰の国にて、いといたう寒き所なりける。

「須磨の海づらにいかにながむらん。」

「明石の泊まりはさぞ。」

など、たれたれもうらやみ聞こゆるにぞ、まづかのわたり経つつ行かばやとて、西をさす。
草の枕のをかしきは、芦屋川の松陰にしばし下りゐて、土窪かなるに、小石を積みて、木の葉、松笠うちくべつつ、茶を煎て遊ぶ。

鶴煙を避くるといふ句の心したり。
かしこくも小瓶一つは持たせたりけり。

[芦の屋海人のたく火のそれかとて 道行き人も過ぎがてに見ん]

日高けれど、住吉の里に宿りぬ。
須磨の浦伝ひする今日は、海の面なごやかに、百船の行き交ひ、刈り菰のうち乱れつつ、渚には釣り誇りて遊ぶを見れば、この磯山松の色も、人々のまなこも一つ縁なる、才ある人も口閉づるわたりを、まいてうち出づべうもあらず。

この連れたる人の、

「いにしへ 光源氏の君の、罪なくてさすらへ給ひしといふ跡はいづこぞ。己の日の高潮とは、この海の荒れたるにこそ。今日の庭よきには、さることいかでかとおぼゆるを、かかる所にも年月念じ過ぐさせけんよ。」

など、うちうめき悲しがる。

藤簍冊子「秋山の記」の現代語訳

秋の山を見物にということではなくて、この三年の間、病気に悩んで、生活のための仕事も何も思いどおりにうまくはいかない。
このような状態なので、昔、但馬の城崎温泉で効き目があったので、今回もまた(行こうと)決心したところ、後ろから添って来る人(妻のたま)も、長年深く心を寄せていた(湯治の)ことがあるので、一緒にということで、母のお言葉の通りに一緒に連れていくのだった。

旧暦九月の十二日という日、(城崎温泉に向かって)出発する。
親しい友だちの妻のもとから、

「明日(出発だ)ということでいらっしゃったが、突然にも思っております。(城崎への)道も絶え絶えだとか、気がかりなことまで加わって、胸がつぶれるのがどうしようもありません。

[毎朝毎夕慣れ親しんだあなたが旅に出て行ったら、(私は)どうやって月日を過ごしましょうか。]

秋風もたいそう身にしみるころでございますので、十二分に(お身体を)大切にして、ご無事にあちらにお着きになってください。
この厚くふくらんだ着物(錦入れ)は、たいそう粗末ではありますが、山里の朝晩を、しのぎなさるようなことには(役に立つだろう)と思って(お送りします)。」

と、言ってきたので、思いやりのある人の心を尽くした筑紫錦を身に添えて行くならば、寒い思いをすることもないでしょう。
なるほど(くださった方が)天の羽衣としてお召しになったものだよ。

(行こうと)志す所は、山陰の国であって、非常に寒い所なのだった。

「須磨の海岸をどのように眺めるのだろうか。」

「明石の船着き場はさぞ(風情があるだろう)。」

などと、誰も誰もうらやみ申し上げるので、まずそのあたりを経由して行きたいと思って、西をめざす。
旅が趣深いことは、芦屋川の松陰にしばらくの間下りて座って、土がくぼんでいるところに、小石を積んで、木の葉や、松かさをくべながら、煎茶をいれて楽しむ。

(宋の詩人魏野の)「鶴煙を避くる」という詩句の趣をおもしろがった。
賢明にも小さな茶瓶一つは持たせていたのだった。

[(『伊勢物語』の歌ではないが、)粗末な小屋に住む漁師の焚く火がそれかと思って、道を行く人も通り過ぎかねて(芦屋川のほとりで焚くこの茶の煙を)見るのだろう。]

まだ日は高いけれど、住吉の里に宿泊した。
須磨の海岸沿いに旅をする今日は、海面も穏やかで、たくさんの船が行きかい、入り乱れては、渚では(人々が)釣りの腕を自慢して楽しんでいるのを見ると、この磯辺にある山の松の色も、人々の目も一つに(なって)緑である(のは)、詩文の才能のある人も口が閉じてしまうあたり(の景色であるの)を、まして(私が詩文を)口に出すこともできない。

この連れている人(私の妻)が、

「昔、光源氏の君が、罪もなくてさすらいなさったという跡はどこですか。三月最初の巳の日の祓えを行ったときに遭遇した暴風雨とは、この海が荒れたのでしょう。今日の海面が穏やかなときには、そのようなことはどうして(起こったのだろう)かと思われるけれども、このこのようなところにも年月を耐え忍んで過ごされたのだろうよ。」

などと、ため息をついて悲しがる。

藤簍冊子「秋山の記」の単語・語句解説

[世のわたらひ]
生活のための仕事。

[はかばかしからぬ]
思いどおりにうまくはいかない。

[ははそはの]
母の。

[十日余り二日]
十二日。

[ゆくりなくも思う給ふる]
突然にも思っております。

[おぼつかなささへ添ひて]
気がかりなことまで加わって。

[なれにし君が]
慣れ親しんだあなたが。

[まいてうち出づべうもあらず]
まして口に出す事も出来ない。

*藤簍冊子「秋山の記」でテストによく出る問題

○問題:「年ごろ深ふ染みしことあれば(*)」とはどのような意味か。
答え:妻が長年、湯治に心を寄せていたということ。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は藤簍冊子でも有名な、「秋山の記」についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

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