1196年(建久7年)~1202年(建仁2年)頃に書かれた、無名草子(むみょうぞうし)。
作者はわかっていませんが、藤原俊成女説が有力といわれています。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる無名草子の中から「紫式部」について詳しく解説していきます。
無名草子「紫式部」の解説
無名草子でも有名な、「紫式部」について解説していきます。
無名草子「紫式部」の原文
「繰り言のやうには侍れど、尽きもせず、うらやましくめでたく侍るは、大斎院より上東門院、
『つれづれ慰みぬべき物語や候ふ。』
と尋ね参らせさせ給へりけるに、紫式部を召して、
『何をか参らすべき。』
と仰せられければ、
『めづらしきものは、何か侍るべき。新しく作りて参らせ給へかし。』
と申しければ、
『作れ。』
と仰せられけるを承りて、『源氏』を作りたりけるこそ、いみじくめでたく侍れ。」
と言ふ人侍れば、また、
「いまだ宮仕へもせで里に侍りける折、かかるもの作り出でたりけるによりて、召し出でられて、それゆゑ紫式部といふ名は付けたり、とも申すは、いづれかまことにて侍らむ。
その人の日記といふもの侍りしにも、
『参りける初めばかり、恥づかしうも、心にくくも、また添ひ苦しうもあらむずらむと、おのおの思へりけるほどに、いと思はずにほけづき、かたほにて、一文字をだに引かぬさまなりければ、かく思はずと、友達ども思はる。』
などこそ見えて侍れ。
君の御ありさまなどをば、いみじくめでたく思ひ聞こえながら、つゆばかりも、かけかけしく馴らし顔に聞こえ出でぬほども、いみじく、また、皇太后宮の御事を、限りなくめでたく聞こゆるにつけても、愛敬づきなつかしく候ひけるほどのことも、君の御ありさまも、なつかしくいみじくおはしましし、など聞こえ表したるも、心に似ぬ体にてあめる。
かつはまた、御心柄(*)なるべし。」
無名草子「紫式部」の現代語訳
同じことを繰り返し言うようですけれど、尽きることなく、うらやましくすばらしくございますのは、大斎院(=選子内親王)から上東門院へ、
『所在なさを楽しませることができる物語がございますか。』
とお尋ね申しあげなさったところ、(上東門院は)紫式部をお呼びになって、
『何を差しあげたらよいかしら。』
とおっしゃったので、
『珍しいものは、何かございましょうか(、いや、何もございません)。新しく作って差しあげなさいませよ。』
と申しあげると、
(上東門院が)『(では、あなたが)作りなさい。』
とおっしゃったのを(紫式部が)承って、『源氏物語』を作ったことは、たいそうすばらしいことです。」
と言う人がありますと、一方では、
「(紫式部が)まだ宮仕えもしないで実家におります時に、このようなもの(=『源氏物語』)を作り出したことによって、(宮中に)お呼び出しになられて、そのため紫式部という名はつけた、とも申しあげているが、どちらが本当のことでございましょうか。
その人の日記(=紫式部日記)というものがございましたが、
『出仕した初めの頃は、(私のことを)気後れがするほど立派で、奥ゆかしくも、またつき合いにくくもあるだろうと、(他の女房たち)めいめいが思っていたのに、たいそう意外にもぼんやりしていて、未熟であって、漢字の一という文字さえ書かない様子であったので、こうとは思わなかったと、仲間たちに思いなさる。』
などと書いてございます。
君(=藤原道長)のご様子などを、とてもすばらしくお思い申しあげながら、ほんの少しばかりも、いかにも気にかけている様子でなれなれしくお書き申しあげないのも、すばらしく、また、皇太后宮(上東門院障彰子)の御事を、この上なくすばらしいとお書き申しあげるについても、愛らしく親しくお仕えした当時のことも、(また)君のご様子も、親しみやすく立派でもいらっしゃった、などとお聞き表し申しあげているのも、(紫式部の控えめな)心には似つかわしくない様子であるようです。
一方ではまた、(道長公や上東門院の)ご性格なのでしょう。」
無名草子「紫式部」の単語・語句解説
楽しませることができる物語。
[何か侍るべき]
何かございましょうか、いや、何もございません。(”か”は反語の係助詞)
[召し出でられて]
お呼び出しになられて。
[心にくくも]
奥ゆかしくも。
[思はずに]
意外にも。
[かたほにて]
未熟で。
[かく思はず]
こうとは思わない。
[愛敬づきなつかしく]
愛らしく親しみやすく。
[心に似ぬ体]
心に似つかわしくない様子。
*無名草子「紫式部」でテストによく出る問題
○問題:誰の「御心柄(*)」か。
答え:君(=藤原道長)と皇太后(=上東門院彰子)。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は無名草子でも有名な、「紫式部」についてご紹介しました。
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