小村雪岱の生涯と有名作品|泉鏡花や資生堂との関係も

小村雪岱の星祭り
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小村雪岱(こむらせったい)は大正から昭和の戦前期にかけて本の挿絵や装丁、舞台美術などで活躍した美術家です。
作家・泉鏡花のいわゆる”鏡花本”の装丁を手がけた事から一躍有名になりました。

今回はそんな小村雪岱の生涯と主な有名作品をご紹介します。

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小村雪岱の生涯

小村雪岱は明治20年(1887年)、現在の埼玉県川越市に誕生しました。

4歳の頃に父が病気で亡くなり、母も離縁されてしまった為に雪岱は叔父に育てられる事になります。

小学校卒業後は養子縁組をして安並姓となり、この頃から絵に興味を持つようになりました。
そして明治37年、東京美術学校日本画科に入学。
日本画家の下村観山に師事します。

美術学校を卒業後は、雑誌に掲載される図版の版下絵作りなどをしながら、仏画や浮世絵などの技術も吸収していきます。

大正3年、泉鏡花の「日本橋」の装丁を担当すると、これが一躍話題となりました。
装丁の仕事が次々に舞い込むようになり、人気作家になっていったのです。

その後は多忙な日々が続き、昭和15年10月に脳溢血によってこの53年の生涯を終えました。

小村雪岱と泉鏡花

雪岱が泉鏡花に出会ったのは明治40年(1907年)の事でした。
仕事の関係で訪れていた宿で、泉鏡花がやってくる事を偶然知った雪岱はその時間に合わせて再度訪れます。

そこから親しくなっていき、”雪岱”という画号も鏡花に貰う事になります。(本名は泰助)
鏡花はまだ無名だった雪岱に日本橋の装丁を依頼し、以後も多くの著作の装丁を頼み続けました。

小村雪岱と資生堂


実は、小村雪岱は資生堂意匠部創設期のメンバーの一人でした。
1918年から1923年にかけて在籍し、様々なデザインを手掛け、今も使われている「資生堂書体」の基礎を築きました。

小村雪岱の有名作品

小村雪岱が手がけた作品の中でも、特に有名な作品をピックアップしてご紹介します。

日本橋


泉鏡花の「日本橋」の装丁で、小村雪岱を一躍有名にした代表作です。

雪の朝


薄暗い明るさの中、しんしんと雪が降り積もる様子が描かれた一枚です。

星祭り


七夕の夜にたらいの水に映った星を眺める女性を描いた一枚です。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は意匠・装丁画家・美術家である小村雪岱(こむらせったい)の生涯と有名作品をご紹介しました。
その他については下記の関連記事をご覧下さい。

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