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雨月物語「浅芽が宿」原文と現代語訳・解説・問題|上田秋成の怪異幻想読本

お月見
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雨月物語(うげつものがたり)は上田秋成が江戸時代後期に書いた怪異幻想短編9編を収めた読本です。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる雨月物語の中から「浅芽が宿」について詳しく解説していきます。

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雨月物語「浅芽が宿」の解説

雨月物語でも有名な、「浅芽が宿」について解説していきます。

雨月物語「浅芽が宿」の原文

寛正二年、畿内河内の国に畠山が同根の争ひ果たさざれば、都近くも騒がしきに、春の頃より、疫病盛んに行われて、屍はちまたに積み、人の心も、今や一劫の尽くるならんと、はかなき限りを悲しみける。
勝四郎つらつら思ふに、

「かく落ちぶれてなすこともなき身の、何を頼みとて遠き国にとどまり、ゆゑなき人の恵みを受けて、いつまで生くべき命なるぞ。
古里に捨てし人の消息をだに知らで、萱草生ひぬる野辺に、長々しき年月を過ごしけるは、信なきおのが心なりけるものを。
たとへ、泉下の人となりて、ありつる世にはあらずとも、その跡をも求めて、塚をも築くべけれ。」

と、人々に志を告げて、五月雨の晴れ間に、手を分かちて、十日余りを経て、古里に帰り着きぬ。
この時、日ははや西に沈みて、雨雲は落ちかかるばかりに暗けれど、久しく住み馴れし里なれば迷ふべうもあらじと、夏野分け行くに、いにしへの継橋も川瀬に落ちたれば、げに駒の足音もせぬに、田畑は荒れたきままにすさみて、もとの道もわからず、ありつる家居もなし。
たまたまここかしこに残る家に人の住むとは見ゆるもあれど、昔には似つつもあらね、

「いづれかわが住みし家ぞ。」

と立ち惑ふに、ここ二十歩ばかりを去りて、雷に砕かれし松のそびえて立てるが、雲間の星の光に見えたるを、

「げに、わが軒のしるしこそ見えつる。」

とまづうれしき心地して歩むに、家はもとに変はらであり。
人も住むと見えて、古戸の隙より灯火の影漏れてきらきらとするに、

「他人や住む、もしその人(*)やいますか。」

と心騒がしく、門に立ち寄りてしはぶきすれば、内にも早く聞き取りて、

「誰そ。」

ととがむ。
いたうねびたれど、まさしく妻の声なるを聞きて、夢かと胸のみ騒がれて、

「我こそ帰り参りたり。変はらで、独り浅芽が原に住みつることの不思議さよ。」

と言ふを、聞き知りたれば、やがて戸を開くるに、いといたう黒く垢づきて、眼は落ち入りたるやうに、上げたる髪も背にかかりて、もとの人とも思はれず、夫を見て、ものをも言はでさめざめと泣く。
妻、涙をとどめて、

「ひとたび別れを参らせて後、たのむの秋より先に恐ろしき世の中となりて、里人は皆家を捨てて海に漂ひ山に隠れば、たまたまに残りたる人は、多く虎狼の心ありて、
かく寡婦となりしを便りよしとや、言葉を巧みていざなへども、玉と砕けても瓦の全きにはならはじものをと、幾度かからき目を忍びぬる。
銀河秋を告ぐれども、君は帰り給はず。冬を待ち、春を迎へても、消息なし。
今は都に上りて、尋ね参らせんと思ひしかど、ますらをさへ許さざる関の閉ざしを、いかで女の越ゆべき道もあらじと、軒端のまつに効なき宿に、狐・ふくろふを友として、今日までは過ごしぬ。
今は長き恨みも晴れ晴れとなりぬることのうれしく侍り。逢ふを待つ間に恋ひ死なんは、人知らぬ恨みなるべし。」

と、またよよと泣くを、

「夜こそ短きに。」

と言ひ慰めて、ともに臥しぬ。
窓の紙、松風をすすりて、夜もすがら涼しきに、道の長手に疲れ、熟く寝ねたり。

五更の空明けゆく頃、現なき心にもすずろに寒かりければ、衾被かんと探る手に、何物にや、さやさやと音するに、目覚めぬ。
顔にひやひやと物のこぼるるを、雨や漏りぬるかと見れば、屋根は風にまくられてあれば、有明月の白みて残りたるも見ゆ。

家は、戸もあるやなし。
簀垣朽ち崩れたる隙より、萩・薄高く生ひ出でて、朝露うちこぼるるに、袖ひぢて絞るばかりなり。

壁には蔦・葛這ひかかり、庭は葎に埋もれて、秋ならねども野らなる宿なりけり。
さてしも、臥したる妻は、いづち行きけん、見えず。

狐などのしわざにやと思へば、かく荒れ果てぬれど、もと住みし家に違はで、広く造りなせし奥わたりより、端の方、稲倉まで好みたるままのさまなり。
あきれて足の踏所さへ忘れたるやうなりしが、つらつら思ふに、

「妻は既にまかりて、今は狐狸の住み替はりて、かく野らなる宿となりたれば、あやしき鬼の化して、ありし形を見せつるにてぞあるべき。
もしまた、我を慕ふ魂の帰り来たりて語りぬるものか。思ひしことのつゆ違はざりしよ。」

と、さらに涙さへ出でず。
わが身一つはもとの身にしてと歩み巡るに、昔臥所にてありし所の簀子を払ひ、土を積みて塚とし、雨露を防ぐまうけもあり。

昨夜の霊はここもとよりやと、恐ろしくも、かつなつかし。
水向けの具ものせし中に、木の端を削りたるに、那須野紙のいたう古びて、文字もむら消えして所々見定めがたき、まさしく妻の筆の跡なり。
法名といふものも年月も記さで、三十一字に末期の心をあはれにも述べたり。

さりともと思ふ心にはかられて 世にも今日まで生ける命か

ここに初めて妻の死したるをさとりて、大いに叫びて倒れ臥す。
さりとて、何の年何の月日に終はりしさへ知らぬあさましさよ。
人は知りもやせんと、涙をとどめて立ち出づれば、日高くさし昇りぬ。

雨月物語「浅芽が宿」の現代語訳

寛政二年、畿内の河内の国で畠山兄弟の紛争が片づかないので、都近くでもさわがしいときに、春頃から、伝染病が大いに広まって、死体を街路に積み重ね、今は人間の住むこの世も尽きるのであろうかと、はかない運命を嘆き悲しんだ。
勝四郎はよくよく考えるに、

「このように落ちぶれて何をするということもない身で、何を頼りとしてこんな遠い国にとどまり、親族でもない人の世話を受けて、いつまで生き永らえるべきこの命であろうか。
故郷に置き去りにした人の安否さえ知らず、萱草の生えた野辺で、長い年月を過ごしてしまったのは、自分の誠実さのない心のせいであったのに。
たとえ、(妻が)死んで、この世にいないとしても、その亡き跡を探して、墓を築こう。」

と、人々に自分の意思を告げ、五月雨の晴れ間に、別れをして、十余日を経て、故郷に帰り着いた。
この時、太陽は早くも西の方に沈んで、雨雲は落ちかかるほどに暗かったが、長い間住み慣れた村里なので迷うはずもあるまいと、夏草の茂った野をかき分けていくと、昔からの(有名な)「真間の継橋」も(朽ちて)川の背の中に落ちてしまっているので、本当に(古歌のように)馬の足音もしないし、田畑は荒れ放題に荒れ果てて、もとあった道もわからず、(もと)あった人家もない。
まれにあちらこちらと残っている家に人が住んでいると見えるものもあるが、昔とは似ても似つかないので、

「いったいどこが私の住んでいた家なのか。」

と、途方に暮れて立っていると、そこから二十歩ばかり離れた所に、雷に砕かれた松がそびえたっている姿が、雲の間からもれる星の光に(照らされて)見えたのを、

「あぁ、わが家の目印が見えた。」

と、とにかく嬉しい気持ちになって歩いて行くと、わが家は以前と変わらぬ様子で(そこに)あった。
人も住んでいると見えて、古い戸の隙間から灯火の火影が漏れてきらきらとしているので、

「他の人が住んでいるのか、それとももしかしてあの人(妻)がおいでか。」

と、心が騒がれ、門に近寄ってせきばらいをすると、中でも耳ざとくそれを聞きつけて、

「どなたですか。」

と尋ねる。
たいそう(その声は)老けてはいるが、まさしく妻の声であるのを聞いて、夢ではないかと胸ばかり高鳴り、

「私が帰ってまいりましたよ。(あなたが、以前と)変わらず、一人で雑草の生い茂った野原に住んでいることの不思議さよ。」

と言うのを、聞いて(夫の声だと)わかったので、すぐに戸を開けたところが、(その容貌は)たいそう黒く垢じみていて、目は深く落ちくぼんでいるようで、結い上げた髪も(崩れて)背中にかかり、とてももとの褄とも思われない(のだが)、夫を見て、物いわずにさめざめと泣く。
妻は、涙をおしとどめて、

「いったんお別れ申して後(八月一日を”田の実″の秋というが)お帰りを頼みにしていた秋より前に恐ろしい世の中となってしまい、村の人々は皆家を捨てて海辺をさすらい山中に隠れたりして、まれに残った人は、その多くが虎や狼のような(恐ろしい)心を持っていて、このように女の独り身になったのを都合がよいと思うのだろうか、言葉巧みに言い寄ってくるが、たとえ(貞操を貫いて)玉と砕けても瓦の完全な物のようにはなるまい(不義をしてまで生き永らえることだけはすまい)と、幾度かつらい目を耐え忍びました。
天の川が(冴え)秋になったことを知らせても、あなたはお帰りにならない。
冬を待ち、春を迎えても便りもない。
もうこのうえは都に上がって、尋ね申しあげようと思ったけれど、男子さえ通さない関所の守りを、女の私がどうして越えられる道があろうかと(あきらめて)、軒端の松を眺めながら待つかいもないこの家で、狐やふくろうを友として、今日まで過ごしてきました。
(けれども、あなたに会えて)今は長い恨みも晴れ晴れとし(て解消し)たことがうれしゅうございます。
(古歌に言う、)お会いするのを待っている間に恋い死にするというようなのは、知ってくれない相手への恨みが残るでしょう。」

と、また激しく泣くのを、(勝四郎は)

「夜は短いのだから。」

と慰めて、一所に床についた。
窓障子の破れから、松の梢を渡る風が吹き込んできて、一晩じゅう涼しいうえに、長い旅路の疲れで、ぐっすり眠った。

五更の空が明けゆく頃、夢心地になんとなく寒いので、夜具を引きかぶろうと探る手に、何だろうか、さらさらと音がするので、目が覚めた。
顔にひやひやと何かがこぼれるのを、雨が漏っているかと見ると、屋根は風にめくり取られているので、有明の月が白っぽくなって空に残っているのも見える。

家は、戸もあるのかないのかわからない。
簀垣の床が朽ちて崩れた隙間から、萩や薄が高く生い茂り、朝露がこぼれるので、袖がぬれて絞れるくらいである。

壁には蔦や葛が這いかかり、庭は生い茂った雑草に埋もれて、(古歌のように)秋でもないのに野原のように荒れた家になってしまっていた。
それにしても、(一緒に)寝ていた妻は、どこへ行ったのか、(姿が)見えない。

狐などのしわざだろうかと思うものの、このように荒れ果ててはいるが、以前住んでいた家にまちがいなく、広く造ってある奥のあたりから、端の方、稲倉まで(かつて)好みに合わせて造ったままの様子である。
(勝四郎は)ぼうぜんとして足を踏むことさえ忘れてしまったようであったが、よくよく考えてみると、

「妻は既に死んでいて(この家は)今は狐や狸が住み替わって、このように野原のように荒れた家となってしまったので、怪しい妖怪が、化けて、妻の生前の姿を(私に)見せたのであろう。
あるいはまた、私の恋い慕う妻の魂が帰ってきて夫婦の語らいをしたものであろうか。(京にいた時)予想していたことが全く違わなかったことだよ。」

と、全然涙も出ない。

(在原業平の「つきやあらぬ…」という古歌にもあるように、)「自分だけがもとのままで」と、あたりを歩き回っていると、昔、寝所であったところの簀子を取り除き、土を積んで塚とし、雨露を防ぐ設備もしてある。
昨夜の亡霊はここから(来たのであろう)かと、恐ろしくもあり、また慕わしくもある。

墓前に供える水の容器を調えた中に、木の端を削ったその上に、那須野紙でたいそう古びて、(書かれた)文字も所々消えて判読しにくいの(があり、それ)は、まさしく妻の筆跡であった。
戒名も(亡くなった)年月も記さず、一首の和歌に最後の心境を哀れにも述べてあった。

それでも(いつかは帰ってきてくれるだろう)と期待する心に欺かれて、よくもまぁこの世に今日まで生きて来た命だなぁ。

これで初めて妻が死んだことを悟って、大きく叫んで倒れ臥した。
それにしても、何年の何月何日に死んだということさえ知らない情けなさよ。
誰かが知っているのではないだろうかと、涙をおさえて外へ出ると、(ちょうど)日が高くさし昇ってきた。

雨月物語「浅芽が宿」の単語・語句解説

[浅芽が宿]
茅(草の名)などの雑草が生い茂って荒れ果てた家。

[一劫の尽くなるらん]
「劫」は仏教用語で、非常に長い間のことを言う。

[はかなき限りを悲しみける]
はかない運命を嘆き悲しんだ。

[つらつら]
つくづく。よくよく。

[ゆゑなき人]
親族でもない人。

[いつまで生くべく命なるぞ]
いつまで生き永らえるべき命であろうか。

[古里]
①旧都 ②故郷 ③昔から住んでいる土地、の意があり、ここでは②

[信なきおのが心なりけるものを]
誠実さのない自分の心のせいであったのに。

[ありつる世]
(妻が)生きていた(現)世。

[塚]
別れをして。

[手を分かちて]
別れをして。

[迷ふべうもあらじ]
迷うはずもあるまい。

[荒れたきままにすさみて]
荒れ放題に荒れ果てて。

[人の住むとは見ゆる]
人が住んでいると見える(家)。

[立ち惑ふ]
途方にくれて立っている。

[他人や住む]
知らない人が住んでいるのだろうか。

[とがむ]
ここは、尋ねる、問いただす、の意。

[ねびたれど]
老けてはいるが。

[聞き知りたれば]
聞いてそれと理解したので。

[やがて]
ここは、”すぐに”の意。

[さめざめと]
涙をしきりに流して泣く様子を表す。

[狐狼の心]
虎や狼のように恐ろしい心。

[寡婦]
夫のいない女。独身の女。

[便りよしとや]
好都合だと思ったのであろうか。

[言葉を巧みていざなへども]
うまいことを言って誘惑してくるが。

[からき目]
つらい目。危ない目。

[忍びぬる]
我慢する。耐える。

[訪ね参らせん]
お尋ね申しあげよう。

[ますらを]
勇ましい男子。

[関の閉ざし]
関所の守り。

[人知らぬ恨みなるべし]
思う人にも知られないで、恨めしい(知ってくれない相手への恨みが残る)ことでしょう。

[道の長手]
長い旅路。

[熟く寝ねたり]
熟睡してしまった。

[現なき心]
夢心地。

[すずろに寒かりければ]
なんとなく寒かったので。

[何物にや]
何だろうか。

[袖ひぢて]
袖がぬれて。

[いづち]
どこ。

[狐などのしわざにや]
狐などのしわざであろうか。

[足の踏所さへ忘れたるやう]
足を踏むことさえ忘れてしまったよう。

[妻はすでにまかりて]
妻はもう死んでしまって。

[あやしき鬼の、化して]
怪しい妖怪が、化けて。

[ありし形]
妻の生前の姿。

[思ひしこと]
予想したこと。

[まうけ]
準備。設備。

[末期の心]
死に際の思い。最期の思い。

[さりともと思ふこころ]
それでも(いつか夫が帰ってくるだろう)と期待する気持ち。

[はかられて]
欺かれて。

[あさましさよ]
情けなさよ。

[人は知りもやせん]
誰かが知っているのではないだろうか。

*雨月物語「浅芽が宿」でテストによく出る問題

○問題:「その人(*)」とは誰のことか。
答え:妻の宮木のこと。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は雨月物語でも有名な、「浅芽が宿」についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

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