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夏目漱石「夢十夜」第一夜全文と解説・問題

原稿用紙の画像|四季の美
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「夢十夜」は夏目漱石による短編小説集で、1908年に発表されました。
心にひそむ不安や恐怖、空虚感を十の夢に登場する人物に仮託して描いた作品と言われています。

今回はそんな高校現代文の教科書にも出てくる夏目漱石「夢十夜」の中から「第一夜」について詳しく解説していきます。

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夏目漱石「夢十夜」第一夜の解説

夢十夜でも有名な、「第一夜」について解説していきます。

夢十夜「第一夜」の全文

こんな夢を見た。
腕組みをして枕元に座っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますと言う。
女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。
真っ白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色はむろん赤い。
とうてい死にそうには見えない。
しかし女は静かな声で、もう死にますとはっきり言った。
自分も確かにこれは死ぬな(*)と思った。

そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上からのぞき込むようにして聞いて見た。
死にますとも、と言いながら、女はぱっちりと目を開けた。
大きな潤いのある目で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真っ黒であった。
その真っ黒なひとみの奥に、自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。

自分は透きとおるほど深く見えるこの黒目のつやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。
それで、ねんごろに枕のそばへ口をつけて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。
すると女は黒い目を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと言った。

じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。
自分は黙って、顔を枕から離した。
腕組みをしながら、どうしても死ぬのかなと思った。

しばらくして、女がまたこう云った。

「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい。そうして墓のそばに待っていて下さい。また逢いに来ますから。」

自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか。」

自分は黙ってうなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、

「百年待っていて下さい。」

と思い切った声で云った。

「百年、私の墓のそばに座って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから。」

自分はただ待っていると答えた。
すると、黒いひとみの中に鮮やかに見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。
静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の目がぱちりと閉じた。
長いまつげの間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。

自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑らかな縁の鋭い貝であった。
土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂いもした。穴はしばらくして掘れた。
女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

それから星の破片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。
長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑らかになったんだろうと思った。
抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。

自分は苔の上に座った。
これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組みをして、丸い墓石を眺めていた。
そのうちに、女の言った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。
それがまた女の言った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。

しばらくするとまた唐紅の天道がのそりと昇って来た。
そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。

自分はこういう風に一つ二つと勘定してゆくうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。
勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。
それでも百年がまだ来ない。
しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女にだまされたのではなかろうかと思い出した。

すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。
見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て止まった。
と思うと、すらりと揺らぐ茎の頂に、心持ち首を傾けていた細長い一輪の蕾つぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。
真っ白な百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った。

そこへはるかの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。
自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花びらに接吻した。
自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな。」

とこの時始めて気がついた。

夏目漱石「夢十夜」第一夜の単語・語句解説

[瓜実顔(うりざねがお)]
色白で面長の美しい顔。

[唐紅]
鮮やかな濃い紅色。

*夏目漱石「夢十夜」第一夜でテストによく出る問題

○問題:「これは死ぬな(*)」と思ったのはなぜか。
答え:女がはっきりと「もう死にます」と言ったのを聞いて、女の死を確信したから。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は夏目漱石「夢十夜」でも有名な、「第一夜」についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

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