「夢十夜」は夏目漱石が1908年に発表した短編小説集です。
十の夢物語からなり、登場する人物に心の不安や恐怖を仮託して描いた作品と言われています。
今回はそんな高校現代文の教科書にも出てくる夏目漱石「夢十夜」の中から「第六夜」について詳しく解説していきます。
夏目漱石「夢十夜」第六夜の解説
夢十夜でも有名な、「第六夜」について解説していきます。
夢十夜「第六夜」の全文
運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜めに山門の甍(いらか)を隠して、遠い青空まで伸びている。
松の緑と朱塗りの門が互いに映り合ってみごとに見える。
その上松の位置が好い。
門の左の端を眼障にならないように、斜に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出しているのが何となく古風である。
鎌倉時代とも思われる。
ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。
そのうちでも車夫が一番多い。辻待ちをして退屈だから立っているに相違ない。
「大きなもんだなあ。」
と言っている。
「人間をこしらえるよりもよっぽど骨が折れるだろう。」
とも言っている。
そうかと思うと、
「へえ仁王だね。今でも仁王を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた。」
と言った男がある。
「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって言いますぜ。何でも日本武尊よりも強いんだってえからね。」
と話しかけた男もある。
この男は尻を端折って、帽子をかぶらずにいた。
よほど無教育な男と見える。
運慶は見物人の評判には委細頓着なく鑿と槌を動かしている。
いっこう振り向きもしない。
高い所に乗って、仁王の顔のあたりをしきりに彫り抜いて行く。
運慶は頭に小さい烏帽子のようなものを乗せて、素袍(すおう)だか何だかわからない大きな袖を背中でくくっている。
その様子がいかにも古くさい。
わいわい言ってる見物人とはまるでつり合いが取れないようである。
自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。
どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。
仰向いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我とあるのみという態度だ。あっぱれだ。」
と言って賞めだした。
自分はこの言葉を面白いと思った。
それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在の妙境に達している。」
と言った。
運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯をたてに返すや否や斜に、上から槌を打ち下ろした。
堅い木を一刻みに削って、厚い木くずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。
その刀の入れ方がいかにも無遠慮であった。
そうして少しも疑念をさしはさんでおらんように見えた。
「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな。」
と自分はあんまり感心したから独り言のように言った。
するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない。」
と言った。
自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。
はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。
それで急に自分も仁王が彫ってみたくなったから見物をやめてさっそく家へ帰った。
道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風で倒れた樫を、薪にするつもりで、木挽きに挽かせた手頃なやつが、たくさん積んであった。
自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。
その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。
三番目のにも仁王はいなかった。
自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を隠しているのはなかった。
ついに明治の木にはとうてい仁王は埋まっていないものだと悟った。
それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。
夏目漱石「夢十夜」第六夜の単語・語句解説
鎌倉時代の仏師。
[山門]
寺院の門。
[下馬評]
うわさや批評。
[車夫]
人力車を引く男。
[奇体]
風変わりな様子。
*夏目漱石「夢十夜」第六夜でテストによく出る問題
○問題:「一人の若い男」とはどういう人物か。
答え:運慶の彫刻に向かう態度について、仁王と運慶だけの世界が出来上がっていると考えている。最初から仁王は木に埋まっているという見解を持っている。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は夏目漱石「夢十夜」でも有名な、「第六夜」についてご紹介しました。
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