75番歌
あはれ今年の秋もいぬめり
【読み】
ちぎりおきしさせもがつゆをいのちにて
あはれことしのあきもいぬめり
【意味】
お約束してくださいました「ただ私を頼みせよ、しめじが原のさせも草」という恵みの露のようなお言葉を唯一の頼みとして生きてまいりましたが、ああ、今年の秋もむなしく過ぎて行くようです。
【解説】
”契りおきし”:約束しておいた。
”させもが露”:さしも草云々という恵みの露のようなお言葉。
”あはれ”:ああ。感動詞。
”いぬめり”:いったらしい。
千載集の詞書に「律師光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、度々もれにければ、法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを、しめぢが原のと侍りけれども、またその年ももれにければ、よみてつかはしける」とある歌。
「息子を興福寺で開かれる維摩会の講師に選んでほしい」と作者は藤原忠通に頼み、快諾してもらったものの講師が決まる陰暦十月になっても約束が果たされなかった為に詠んだ歌です。
作者は藤原基俊(ふじわらのもととし)。平安後期の歌人、公家です。
76番歌
雲居にまがふ沖つ白波
【読み】
わたのはらこぎいでてみればひさかたの
くもゐにまがふおきつしらなみ
【意味】
大海原に船を漕ぎ出してみると、雲と見まがうばかりの沖の白波である。
【解説】
”わたの原”:海原。
”ひさかたの”:「雲居」に掛かる枕詞。
”雲居”:空。ここでは雲のこと。
”まがふ”:見間違える。
”沖つ白波”:沖の白波。
崇徳天皇の御前で「海の上で遠くを望む」という題で詠まれた歌。
作者は法性寺入道前関白太政大臣。藤原忠通(ふじわらのただみち)として知られる、平安後期の公卿です。
77番歌
われても末に逢はむとぞ思ふ
【読み】
せをはやみいわにせかるるたきがはの
われてもすゑにあはむとぞおもふ
【意味】
川瀬の流れが早いので、岩にせき止められた急流が二つにわかれてもまた一つになるように、貴方と別れてもいつかはきっと逢おうと思う。
【解説】
”瀬をはやみ”:川瀬の流れが早い為に。「瀬」は川の流れが浅くて早いところ。
”せかるる”:堰きとめられる。
”滝川”:滝のように流れる川。
”われても”:わかれても。「別れて」と「分かれて」の二つの意味が掛かっている。
作者である崇徳院(すとくいん)自身が編纂を命じた久安百首の為に作られた歌です。
五歳で即位するも、父である鳥羽天皇と不仲だった為その後退位させられます。
保元の乱に破れ、讃岐国に流されました。詞花集の勅撰下命者でもあります。
78番歌
いく夜寝覚めぬ須磨の関守
【読み】
あはぢしまかよふちどりのなくこゑに
いくよねざめぬすまのせきもり
【意味】
淡路島から飛び通う千鳥の鳴く声に、いったいいく夜を覚ましたことだろう、須磨の関守は。
【解説】
”淡路島”:兵庫県須磨の西南にある島。明石海峡をへだてて須磨に対している。
”かよふ”:飛んでくる。
”ねざめぬ”:寝ざめたことであろう。
”須磨の関守”:摂津国と播磨国の境にあった関。この歌が作られた時代には既に古関であった。
「関路千鳥(せきじのちどり)」という題で詠まれた歌。
作者は源兼昌(みなもとのかねまさ)。平安中期から後期にかけての歌人です。
79番歌
漏れ出づる月の影のさやけさ
【読み】
あきかぜにたなびくくものたえまより
もれいづるつきのかげのさやけさ
【意味】
秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ間からもれ出てくる月の光の、何と澄み切った明るさであることか。
【解説】
”秋風に”:秋風に吹かれて。
”たなびく”:横に長く引いている。
”絶え間”:切れ目。
”もれ出づる”:もれ出てくる。
”月の影”:月の光のこと。
”さやけさ”:澄んで明らかなさま。
作者は左京大夫顕輔。藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)として知られる、平安後期の歌人・公家です。詞花集の撰者で、藤原清輔(84番歌)の父です。
暦は月の満ち欠けをもとに作られていたので、今よりも月は身近な存在でした。
百人一首には十二首の月の歌が選ばれています。
80番歌
乱れてけさはものをこそ思へ
【読み】
ながからむこころもしらずくろかみの
みだれてけさはものをこそおもへ
【意味】
貴方の愛情が長続きするかどうかわかりませんが、寝乱れたこの黒髪のように心も乱れている今朝は、物思いに沈んでおります。
【解説】
”長からむ心も知らず”:長く変わらない心か知らないけれど。
”黒髪の”:黒髪のごとく。
”乱れて”:心が乱れて。
”けさは”:恋人と共に過ごした翌朝。
崇徳院主催の「久安百首」で後朝の歌への返歌という趣向で詠まれた歌です。
作者は待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)。平安後期の歌人で、女房三十六歌仙・中古六歌仙の一人です。
81番歌
ただ有明の月ぞ残れる
【読み】
ほととぎすなきつるかたをながむれば
ただありあけのつきぞのこれる
【意味】
ほととぎすが鳴いた方を眺めると、その姿は見えずにただ有明の月が残っている。
【解説】
”鳴きつる方”:鳴いた方。
”有明の月”:夜明けに残る月。
「暁にほととぎすを聞く」という題で詠まれた歌。
作者は後徳大寺左大臣。藤原実定(ふじわらのさねさだ)として知られる、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人・公卿です。藤原俊成(83番歌)の甥で、藤原定家(97番歌)の従兄弟にあたります。
82番歌
憂きに堪へぬは涙なりけり
【読み】
おもひわびさてもいのちはあるものを
うきにたへぬはなみだなりけり
【意味】
つれない人を思い、悩み悲しんでもやはり命は長らえているのに、つらさに耐えきれずに流れ落ちるのは涙であった。
【解説】
”思ひわび”:思い嘆いて、気力を失った状態をいう。
”さても”:それでも。
”あるものを”:あるのに。
”涙なりけり”:涙であるよ。
作者は道因法師。藤原敦頼(ふじわらのあつより)として知られる、平安後期の歌人です。
83番歌
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
【読み】
よのなかよみちこそなけれおもひいる
やまのおくにもしかぞなくなる
【意味】
世の中というものは逃れる道は無いものなのだ。深く思いこんで入ったこの山奥にも、鹿が悲しげに鳴いている。
【解説】
”道こそなけれ”:逃れる道はない。
”思ひ入る”:思いこんで入る。
作者は皇太后宮大夫俊成。藤原俊成(ふじわらのとしなり)として知られる、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての歌人・公家です。「千載和歌集」の撰者にもなっています。藤原定家(97番歌)の父です。
84番歌
憂しと見し世ぞ今は恋しき
【読み】
ながらへばまたこのごろやしのばれむ
うしとみしよぞいまはこひしき
【意味】
もし生き長らえたら、つらいことの多いこの頃も懐かしく思い出されるのだろうか。つらかった過去も今では恋しく思い出されるのだから。
【解説】
”長らへば”:生き長らえていたならば。
”しのばれむ”:なつかしく思い出されるであろう。
”憂しと見し世”:つらいと思っていた昔。
作者は藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)。平安末期の歌人、公家です。藤原顕輔(79番歌)の子にあたります。
85番歌
ねやのひまさへつれなかりけり
【読み】
よもすがらものおもふころはあけやらぬ
ねやのひまさへつれなかりけり
【意味】
一晩中つれない人を思って物思いをしているこの頃は、なかなか世が明けずに寝室の隙間までも無情に感じられる。
【解説】
”夜もすがら”:夜通し。
”物思ふころは”:物思いをしているこの頃は。
”明けやらで”:明けないで。
”ねや”:寝室。
”ひま”:隙間。
”さへ”:までが。
作者の自邸「歌林苑」で開かれた歌合で恋を題に詠まれた歌です。
作者が女性の立場に立って詠んだ歌で、恋人のことで夜通し思い悩み、いっそのこと夜が明けて隙間から夜明けの光が差し込んで欲しいと詠んでいます。
作者は俊恵法師(しゅんえほうし)。平安末期の歌人・僧です。源俊頼(74番歌)の子で、源経信(71番歌)の孫にあたります。
86番歌
かこちがほなるわが涙かな
【読み】
なげけとてつきやはものをおもはする
かこちがほなるわがなみだかな
【意味】
嘆けといって月は私に物思いをさせるのであろうか。そんな訳もないのに、かこつげがましくこぼれる私の涙よ。
【解説】
”月やは物を思はする”:月が物を思わせるのか。いやそうではない。「やは」は反語。
”かこちがほ”:かこつけがましい様子。
千載集の詞書に「月前恋といへる心をよめる」とある歌で、月の前の恋を題に詠まれました。
作者は平安末期を代表する天才歌人、西行法師(さいぎょうほうし)。俗名は佐藤義清(さとうのりきよ)です。
23歳で出家。西行上人集や山家集などの歌集を残しています。
87番歌
霧立ちのぼる秋の夕暮
【読み】
むらさめのつゆもまだひぬまきのはに
きりたちのぼるあきのゆふぐれ
【意味】
村雨がひとしきり降り過ぎ、その露もまだ乾ききっていないまきの葉のあたりに、霧が立ち上っている。そんな秋の夕暮れであるよ。
【解説】
”村雨”:にわか雨。
”まき”:檜や杉などの常緑の針葉樹の総称。
作者は寂蓮法師(じゃくれんほうし)。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人・僧侶です。
新古今集の撰者の一人でしたが、完成前に亡くなりました。
88番歌
身を尽くしてや恋ひわたるべき
【読み】
なにはえのあしのかりねのひとよゆゑ
みをつくしてやこひわたるべき
【意味】
難波の入江に生えている蘆の刈根の一節のように、一夜の契りのためにわが身をつくして、これからずっと貴方を恋い続けなければならないのでしょうか。
【解説】
”難波江”:難波の入江。
”かりね”:刈根と仮寝をかけている。
”ひとよゆゑ”:一節(ひとよ)と一夜をかけている。
”みをつくしてや”:「澪標」と「身を尽くし」をかけている。
”恋ひわかるべき”:恋いつづけなければならないのでしょうか。
九条兼実主催の歌合において「旅宿に逢う恋」という題で詠まれた歌です。
当時の貴族の女性は旅をせず、外出しても従者を引き連れていたので旅先での恋という歌は難題でした。
作者は皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)。平安末期の女流歌人です。
89番歌
忍ぶることの弱りもぞする
【読み】
たまのをよたえなばたえねながらへば
しのぶることのよはりもぞする
【意味】
私の命よ、絶えるならばいっそ絶えてしまってくれ。このまま生き長らえていると、耐え忍ぶ力が弱って人に知られてしまうから。
【解説】
”玉の緒”:命。
”絶えね”:絶えてしまえ。
”忍ぶること”:耐え忍ぶこと。
”弱りもぞする”:弱りもする。
「忍ぶる恋」を題に詠まれた歌です。
作者は式子内親王(しょくしないしんのう)。平安末期の皇女で、新三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人です。
10代を賀茂斎院として過ごし、退下後も生涯独身で過ごしました。
90番歌
濡れにぞ濡れし色は変はらず
【読み】
みせばやなをじまのあまのそでだにも
ぬれにぞぬれしいろはかはらず
【意味】
貴方にお見せしたいものですね、この血の涙のために色の変わった私の袖を。あの雄島の漁夫の袖でさえ、ひどくぬれはしましたが色は変わりませんでした。
【解説】
”見せばやな”:見せたいものですね。
”雄島のあま”:雄島の漁夫。
”袖だにも”:袖でさえも。
”ぬれにぞぬれし”:ぬれにぬれた。
”色は変はらず”:漁師の袖の色は変わらないという意。私の袖の色は血の涙のせいで赤く変わってしまったという意味も込める。
源重之の「松島や雄島の磯にあさりせし あまの袖こそかくはぬれしか」を本歌とした歌です。
作者は殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)。平安末期の歌人で、女房三十六歌仙の一人です。
91番歌
衣かたしきひとりかも寝む
【読み】
きりぎりすなくやしもよのさむしろに
ころもかたしきひとりかもねむ
【意味】
こおろぎの鳴く霜夜の寒い夜、閨のむしろに衣の片袖を敷いて、私は一人寂しく寝るのでしょうか。
【解説】
”きりぎりす”:こおろぎの古名。
”さむしろ”:敷物の「さ筵」と「寒し」を掛けている。
”衣かたしき”:衣の片袖を敷いて一人で寝ること。男女で寝るときは袖を敷きかわすことから。
”ひとりかもねむ”:ひとり寝ることかなあ。
作者は後京極摂政前太政大臣。九条良経(くじょうよしつね)として知られる、平安末期から鎌倉前期にかけての公卿です。藤原忠通(76番歌)の子にあたります。
92番歌
人こそ知らねかわく間もなし
【読み】
わがそではしほひにみえぬおきのいしの
ひとこそしらねかわくまもなし
【意味】
私の袖は引き潮の時にも見えない沖の石のように、人は知らないけれどもいつも涙にぬれて、乾くひまもないのでございます。
【解説】
”潮干”:引き潮の状態をいう。
”沖の石の”:沖の石のごとく。
”人こそ知らね”:人は知らないが。
「石に寄する恋」という題で詠まれた歌です。
和泉式部の「わが袖は水の下なる石なれや 人に知られでかわく間もなし」を本歌取りしています。
作者は二条院讃岐(にじょういんのさぬき)。平安末期から鎌倉前期にかけての歌人で、女房三十六歌仙の一人です。
93番歌
海人の小舟の綱手かなしも
【読み】
よのなかはつねにもがもななぎさこぐ
あまのをぶねのつなでかなしも
【意味】
世の中はいつまでも変わらずにあって欲しいものだ。渚を漕ぐ漁師の小舟が綱手に引かれている光景は、なんとも感慨深い。
【解説】
”常にもがな”:永久に変わらなければ良いなあ。
”渚”:水ぎわ。
”あまの小舟”:漁夫の小舟。
”綱手”:船を引く縄で、綱手縄ともいう。
”かなしも”:心が惹かれる。
古今集の「陸奥はいづくはあれど塩釜の 浦こぐ船の綱手かなしも」を本歌取りした歌です。
作者は鎌倉右大臣。鎌倉幕府三代将軍、源実朝(みなもとのさねとも)として知られています。暗殺によって28年の短い生涯を閉じています。
94番歌
ふるさと寒く衣打つなり
【読み】
みよしののやまのあきかぜさよふけて
ふるさとさむくころもうつなり
【意味】
吉野の山から秋風が吹き、夜は更けて夜寒の古都吉野では、衣を打つ砧の音が寒々と聞こえてくることだ。
【解説】
”み吉野”:吉野のこと。「み」は美称の接頭語。
”さよふけて”:夜がふけて。
”ふるさと”:旧都。かつて吉野には天皇の離宮があったことから。
”衣打つ”:昔は布を柔らかくするために打っていたことから。
古今集にある坂上是則の「み吉野の山の白雪つもるらし ふるさと寒くなりまさるなり」を本歌取りして、季節を冬から晩秋にして詠まれた歌です。
作者は参議雅経。飛鳥井雅経(あすかいまさつね)として知られる、平安末期から鎌倉前期にかけての歌人・公家です。
95番歌
わが立つ杣に墨染の袖
【読み】
おほけなくうきよのたみにおほふかな
わがたつそまにすみぞめのそで
【意味】
わが身に過ぎたことながら、このつらい世を生きる民の上に覆いかけることです。比叡山に住みはじめた私の、この墨染めの衣の袖を。
【解説】
”おほけなく”:身分不相応に。
”わが立つ杣”:比叡山の異名。
”墨染の袖”:墨色に染めた法衣の袖。
作者は前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん)。平安末期から鎌倉初期の天台宗の僧です。
藤原忠通(76番歌)の子で、九条良経(91番歌)の叔父にあたります。
96番歌
ふりゆくものはわが身なりけり
【読み】
はなさそふあらしのにはのゆきならで
ふりゆくものはわがみなりけり
【意味】
花を誘って散らす嵐の庭は、花が雪のように降るが、ふりゆくのはわが身なのだなあ。
【解説】
”花さそふ”:花をさそって散らす。
”雪ならで”:雪ではなくて。
”ふりゆくもの”:「降りゆく」と「旧りゆく(老いてゆく)」をかけている。
小野小町の「花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに」を本歌とした歌です。
作者は入道前太政大臣。西園寺公経(さいおんじきんつね)として知られる、平安末期から鎌倉前期にかけての歌人・公卿です。藤原定家の義弟にあたります。
97番歌
焼くや藻塩の身もこがれつつ
【読み】
こぬひとをまつほのうらのゆふなぎに
やくやもしほのみもこがれつつ
【意味】
来ない人を待つ、その松帆の浦の夕なぎの時に焼く藻塩のように、わが身は恋心に焦がれている。
【解説】
”まつほの浦”:淡路島の北端、明石海峡を隔てて明石と対する場所。
”夕なぎ”:夕凪。夕方、海の風も波もなくなること。
”藻塩”:海藻に海水をかけて、その海藻を焼いて水に溶かし、上澄みを煮詰めて作った塩のこと。
この歌は健保四年(一二一六年)に行われた「内裏歌合」で詠まれました。
作者は権中納言定家。藤原定家(ふじわらのさだいえ/ていか)として知られる鎌倉時代初期の歌人・公家で、小倉百人一首の撰者です。藤原俊成(83番歌)の子です。56年間書き続けた日記「明月記」も有名です。
98番歌
御禊ぞ夏のしるしなりける
【読み】
かぜそよぐならのをがはのゆふぐれは
みそぎそなつのしるしなりける
【意味】
風が楢の葉をそよがせている、このならの小川の夕暮れはまるで秋のようで、ただ禊の行われていることだけが夏であることのしるしであるなあ。
【解説】
”風そよぐ”:風がそよそよと吹く。
”ならの小川”:京都市上賀茂神社の境内の御手洗川のこと。
”みそぎ”:川で身を清めること。ここでは夏越の祓(六月祓)の神事をさす。
作者は従二位家隆。藤原家隆(ふじわらのいえたか)として知られる鎌倉時代初期の歌人・公卿です。「新古今和歌集」の撰者の一人です。
99番歌
世を思ふゆゑにもの思ふ身は
【読み】
ひともをしひともうらめしあぢきなく
よをおもふゆゑにものおもふみは
【意味】
人が愛おしくも、恨めしくも思う。この世を面白くないと思っている為に、さまざまな物思いをするこの私は。
【解説】
”人も愛し”:人を愛しく思う。
”あぢきなく”:おもしろくなく。
作者は後鳥羽院(ごとばいん)。第八二代の天皇です。
この歌は鎌倉幕府の勢力拡大を懸念して思い悩んでいる事に詠まれました。
100番歌
なほ余りある昔なりけり
【読み】
ももしきやふるきのきばのしのぶにも
なほあまりあるむかしなりけり
【意味】
宮中の古い軒端に忍ぶ草を見るにつけても、いくら忍んでも忍び尽くせないのは昔の御代であるなあ。
【解説】
”ももしきや”:宮中の。
”しのぶにも”:「忍ぶ草」と「忍ぶ」を掛けている。
”なほ”:やはり。まだ。
”昔”:昔の御代。宮廷の栄えた頃。
作者は順徳院(じゅんとくいん)。第八四代の天皇です。
この歌が詠まれたのは、父の後鳥羽院と承久の乱を起こす五年前。順徳院が二十歳の時でした。
既に政治の実権は鎌倉幕府に移っており、かつての王朝が繁栄した時代を懐かしみながら現状を嘆き悲しんだ歌です。