梶井基次郎「檸檬」全文と解説・問題|現代文テスト対策

原稿用紙の画像|四季の美
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檸檬(れもん)は梶井基次郎が1925年に発表した短編小説です。
不吉な塊にとりつかれていた私が果物店で買った檸檬をきっかけに心情変化が起きていくという作品となっています。

今回はそんな高校現代文の教科書にも出てくる梶井基次郎の「檸檬」について詳しく解説していきます。

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梶井基次郎「檸檬」の解説

梶井基次郎の作品の中でも特に有名な、「檸檬」について解説していきます。

「檸檬」とは

「檸檬」は梶井基次郎の短編小説で、「青空」で発表されました。
梶井の代表作で、命日はこの作品にちなんで”檸檬忌”と呼ばれています。

梶井基次郎の生涯

梶井基次郎は1901年(明治34年)2月17日に大阪市西区土佐堀通で生まれました。
父の宗太郎と母のひさの6人兄弟の次男で、誕生後は父の転勤に伴って三重や大阪、東京などを転々とします。

梶井が文学に関心を持ち始めたのは旧制三高理科に入学した頃からでした。
入学した翌年に肺尖カタルの診断を受けてからは、学業も放棄しがちで荒廃した生活を送ります。

東京帝国大学英文科に入学後も世俗に背を向け、飲酒など退廃的な生活は変わりませんでした。
しかし短編の発表は行っており、1925年には同人雑誌「青空」を創刊します。
この創刊号に檸檬は発表されました。

その後体調の悪化と向き合いながらも、作品の発表は続けます。
しかし1932年3月24日、肺結核の為残念ながら亡くなってしまいます。

「檸檬」のあらすじ要約

京都に住む学生の「私」は、「不吉な塊」にとりつかれていた。
果実の美しさに魅せられた私は一顆のレモンを買い、丸善書店に入り画集の上に置いて立ち去る。
レモンが爆弾の様に思えて「塊」も氷塊していく。

「檸檬」の原文

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた。
焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔(ふつかよい)があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。
これはちょっといけなかった。
結果した肺尖(はいせん)カタルや神経衰弱がいけないのではない。
また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。
以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。
蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。
何かが私を居堪いたたまらずさせるのだ。
それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。

なぜだかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。
風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗のぞいていたりする裏通りが好きであった。
雨や風が蝕(むしば)んでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀が崩れていたり家並が傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵(ひまわり)があったりカンナが咲いていたりする。

時々私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。
私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。
第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団(ふとん)。匂においのいい蚊帳かやと糊(のり)のよくきいた浴衣ゆかた。
そこで一月ほど何も思わず横になりたい。
希(ねが)わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。
なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。
そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ(*1)。

私はまたあの花火というやつが好きになった。
花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵の具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様(しまもよう)を持った花火の束、中山寺(なかやまでら)の星下り、花合戦、枯れすすき。
それから鼠(ねずみ)花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。
そんなものが変に私の心を唆そそった。

それからまた、びいどろという色硝子(ガラス)で鯛(たい)や花を打ち出してあるおはじきが好きになったし、南京玉(なんきんだま)が好きになった。
またそれを嘗(な)めてみるのが私にとってなんともいえない享楽だったのだ。
あのびいどろの味ほど幽(かす)かな涼しい味があるものか。
私は幼い時よくそれを口に入れては父母に叱られたものだが、その幼時のあまい記憶が大きくなって落魄(おちぶ)ぶれた私に蘇(よみがえ)ってくるせいだろうか、まったくあの味には幽かすかな爽やかな何となく詩美と言ったような味覚が漂って来る。

察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。
とはいえそんなものを見て少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには贅沢(ぜいたく)ということが必要であった。
二銭や三銭のもの――と言って贅沢なもの。美しいもの――と言って無気力な私の触角にむしろ媚(こ)びて来るもの。――そう言ったものが自然私を慰めるのだ。

生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善であった。
赤や黄のオードコロンやオードキニン。
洒落(しゃれ)た切り子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀(こはく)色や翡翠(ひすい)色の香水壜(びん)。
煙管(きせる)、小刀、石鹸(せっけん)、煙草(たばこ)。
私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。
そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。
しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。
書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。

ある朝――その頃私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。
私はまたそこから彷徨さまよい出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、乾物屋の乾蝦(ほしえび)や棒鱈(ぼうだら)や湯葉(ゆば)を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下がり、そこの果物屋で足を留めた。
ここでちょっとその果物屋を紹介したい(*2)のだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。
そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。
果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗の板だったように思える。
何か華やかな美しい音楽の快速調(アッレグロ)の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる。
青物もやはり奥へゆけばゆくほどうず高く積まれている。――実際あそこの人参(にんじん)葉の美しさなどは素晴すばらしかった。
それから水に漬つけてある豆だとか慈姑(くわい)だとか。

またそこの家の美しいのは夜だった。
寺町通りはいったいに賑にぎやかな通りで――といって感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが――飾り窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。
それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。
もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのがはっきりしない。
しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。
もう一つはその家の打ち出した廂(ひさし)なのだが、その廂が眼深(まぶか)に冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真っ暗なのだ。
そう周囲が真っ暗なため、店頭に点(つ)けられた幾つもの電燈が驟雨(しゅうう)のように浴びせかける絢爛(けんらん)は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。
裸の電燈が細長い螺旋棒(らせんぼう)をきりきり眼(め)の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋(かぎや)の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時々の私を興がらせたものは寺町の中でも稀(まれ)だった。

その日私はいつになくその店で買い物をした。
というのはその店には珍しい檸檬(れもん)が出ていたのだ。
檸檬などごくありふれている。
がその店というのもみすぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。
いったい私はあの檸檬が好きだ。
レモンイエローの絵の具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形(ぼうすいけい)の恰好(かっこう)も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。
それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。
始終私の心をおさえつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛(ゆる)んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。
あんなにしつこかった憂鬱が、そんなものの一顆(いっか)で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的な本当であった。
それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。

その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。
その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。
事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。
その熱いせいだったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。

私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。
それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。
漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲(う)つ」という言葉がきれぎれに浮かんで来る。
そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇ってきて何だか身内に元気が目覚めて来たのだった。……

実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだといいたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことなんだから。

私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を闊歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。
汚れた手拭いの上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思ったり、

――つまりはこの重さなんだな。――

その重さこそ常々尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心(かいぎゃくしん)からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。

どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。
平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。
「今日は一ひとつ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。

しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。
香水の壜にも煙管きせるにも私の心はのしかかってはゆかなかった。
憂鬱が立てこめて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。
私は画本の棚の前へ行ってみた。
画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。
しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持ちはさらに湧いて来ない。
しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。
それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。
それ以上はたまらなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。
私は幾度もそれを繰り返した。
とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングルの橙(だいだい)色の重い本までなおいっそうの堪えがたさのために置いてしまった。――なんという呪われたことだ。
手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。

以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。
一枚一枚に眼を晒(さら)し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持ちを、私は以前には好んで味わっていたものであった。……
「あ、そうだそうだ」その時私は袂(たもと)の中の檸檬を憶(おも)い出した。
本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」

私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。
私は手当たり次第に積みあげ、また慌ただしくつぶし、また慌しく築きあげた。
新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。
奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。

やっとそれはでき上がった。
そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。
そしてそれは上出来だった。

見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。
私は埃(ほこり)っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。
私はしばらくそれを眺めていた。

不意に第二のアイディアが起こった。
その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。

 ――それをそのままにしておいて私は、なに喰くわぬ顔をして外へ出る。――

 私は変にくすぐったい気持がした。
「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。

変にくすぐったい気持ちが街の上の私を微笑(ほほえ)ませた。
丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。

私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉こっぱみじんだろう」

そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下がって行った。

「檸檬」の単語・語句解説

[蓄音機]
アナログのレコード盤を再生する機械。

[何百里]
一里はおよそ4km。

[南京玉]
陶器やガラス製の玉。

[丸善]
洋書や輸入雑貨を販売していた商店の名前。

[オードコロン]
化粧水の一種。

[オードキニン]
養毛剤の一種。

[切り子細工]
ガラスに切り込みなどを施したもの。

[ロココ]
18世紀半ばにフランスで流行した装飾様式。

[快速調]
音楽用語の一つで「早く軽快に」の意味。

[ゴルゴン]
ギリシア神話に登場する怪物の名前。

[一顆]
一個のこと。”顆”は丸いものを数える助数詞。

[活動写真]
映画の古称。

*梶井基次郎「檸檬」でテストによく出る問題

○問題:「私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ(*1)。」とはどういうことか。
答え:現実の自分を忘れ、創造の世界に浸るのを楽しんだという事。

○問題:「ここでちょっとその果物屋を紹介したい(*2)」のはなぜか。
答え:その頃の「私」の心を最も惹きつけた、面白い眺めだったから。

【その他テストまでに抑えておきたいポイント】
・不吉な塊に取り憑かれる前と後の「私」の変化を整理しておく。
・「私はずかずか入って行った」から「私はすたすた出て行った」までの心情変化を整理しておく。
・「私」にとって檸檬とはどういう存在であったのか整理しておく。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は梶井基次郎の作品の中でも有名な、「檸檬」の全文やテスト対策についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

参考/おすすめ書籍


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