十訓抄(じっきんしょう)は1252年(建長4年)に書かれた説話集で、作者は六波羅二臈左衛門入道こと湯浅宗業です。
10箇条の教戒を立て、約280の説話を集めた説話集となっています。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる十訓抄の中から「祭主三位輔親の侍(さいしゅさんみすけちかのさぶらひ)」について詳しく解説していきます。
十訓抄「祭主三位輔親の侍」の解説
十訓抄でも有名な、「祭主三位輔親の侍」について解説していきます。
十訓抄「祭主三位輔親の侍」の原文
七条の南、室町の東一町は、祭主三位輔親が家なり。
丹後の天の橋立をまねびて、池の中嶋をはるかにさし出して、小松を長く植ゑなどしたりけり。
寝殿の南の廂(ひさし)をば、月の光入れんとて、鎖さざりけり。
春の初め、軒近き梅が枝に、鴬の定まりて巳の時ばかり来て鳴きけるを、ありがたく思ひて、それを愛するほかのことなかりけり。
時の歌よみどもに、
「かかることこそはべれ。」
と告げめぐらして、
「明日の辰の時ばかりに渡りて、聞かせたまへ。」
と、触れ回して、伊勢武者の宿直してありけるに、
「かかることのあるぞ。人々渡りて、聞かんずるに、あなかしこ、鴬打ちなんどして、やるな。(*)」
と言ひければ、この男、
「なじかはつかはし候はん。」
と言ふ。
輔親、
「とく夜の明けよかし。」
と待ち明かして、いつしか起きて、寝殿の南面を取りしつらひて、営みゐたり。
辰の時ばかりに、時の歌よみども集まり来て、今や鴬鳴くと、うめきすめきし合ひたるに、先々は巳の時ばかり必ず鳴くが、午の刻の下がりまで見えねば、いかならんと思ひて、この男を呼びて、
「いかに、鴬のまだ見えぬは。今朝はいまだ来ざりつるか。」
と問へば、
「鴬のやつは、先々よりもとく参りてはべりつるを、帰りげに候ひつる間、召しとどめて。」
と言ふ。
「召しとどむとは、いかん。」
と問へば、
「取りて参らん。」
とて立ちぬ。
心も得ぬことかなと思ふほどに、木の枝に鴬を結ひつけて持て来たれり。
おほかたあさましとも言ふばかりなし。
「こは、いかにかくはしたるぞ。」
と問へば、
「昨日の仰せに、鴬やるなと候ひしかば、言ふかひなく逃がし候ひなば、弓矢取る身に心憂くて、神頭をはげて、射落としてはべり。」
と申しければ、輔親も居集まれる人々も、あさましと思ひて、この男の顔を見れば、脇かいとりて、息まへ、ひざまづきたり。
祭主、
「とく立ちね。」
と言ひけり。
人々をかしかりけれども、この男のけしきに恐れて、え笑はず。
一人立ち、二人立ちて、みな帰りにけり。
興さむるなどは、こともおろかなり。
十訓抄「祭主三位輔親の侍」の現代語訳
七条大路の南、室町小路の東の一町は、祭主三位大中臣輔親の家である。
丹後の天橋立をまねて、池の中に築いた島を長く突き出して、小さい松を長く植えなどしていた。
寝殿の南の廂の間を、月の光を入れようとして、(格子戸)を閉ざさなかった。
春の初めに、軒に近い梅の枝に、鶯が、決まって午前十時ごろにやって来て鳴いたのを、めったにないほど素晴らしいことだと思って、それを楽しむ以外のことはなかった。
当時の歌人たちに、
「このような(=鶯が毎日定時に梅の木にやって来る)ことがございます。」
と広く告げ知らせて、
「明日の午前十時ごろにやって来て、お聞きください。」
と告げ回して、伊勢武者で宿泊して勤務していた者に、
「このような(=鶯をめでる為に歌人たちがやって来る)ことがあるよ。人々がやって来て、(鶯の声を)聞くようなときに、決して、鶯を打ちなどして、(よそへ)行かせるな。」
と言ったところ、この男は、
「どうして(鶯をよそへ)やったりしましょうか。」
と言う。
輔親は、
「早く夜が明けろよ。」
と待って夜を明かして、早くも起きて、寝殿の南の間をしたくして、整えていた。
午前八時ごろに、当時の歌人たちが集まってきて、もうすぐ鶯が鳴くかと、(鶯の歌を作ろうと)みんなで苦吟していると、以前は午前十時ごろに必ず鳴くが、正午過ぎまでやって来ないので、どうしたのだろうかと思って、この男(=伊勢武者)を呼んで、
「どうしたんだ、鶯がまだやって来ないのは。今朝はまだ来なかったのか。」
と尋ねると、
「鶯のやつは、以前よりも早く参上しておりましたが、帰りそうでございましたので、召しとどめて(おります)。」
と言う。
「召しとどめるとは、どういうことか。」
と尋ねると、
「取って参ります。」
と言って(席を)立った。
わけがわからないことだなぁと思ううちに、木の枝に鶯を結び付けて持ってきた。
全く驚きあきれるほどだと言っても言い尽くせない。
「これは、どうしてこのようにしたのか。」
と尋ねると、
「昨日のご命令に、鶯を行かせるなとございましたので、みっともなく逃がしてしまいましたならば、武士の身として情けなく思われて、神頭を弓につがえて、射落としてございます。」
と申し上げたので、輔親も寄り集まっていた人々も、驚きあきれるほどだと思って、この男(=伊勢武者)の顔を見ると、得意気に息を吐き散らして、ひざまずいている。
祭主は、
「早く立ち去ってしまえ。」
と言った。
人々はおかしかったが、この男(=伊勢武者)の様子に恐れて、笑うことができない。
一人立ち、二人立ちして、みんな帰ってしまった。
興ざめだなどという言葉では、とても言い尽くせない。
十訓抄「祭主三位輔親の侍」の単語・語句解説
まねて。
[定まりて]
決まって。必ず。
[ありがたく]
めったにない。珍しい。
[渡り]
行く。来る。
[あさまし]
驚きあきれるほどだ。
[言ふばかりなし]
何とも言いようがない。
[興さむる]
おもしろ味がなくなる。
*十訓抄「祭主三位輔親の侍」でテストによく出る問題
○問題:「やるな。(*)」と言った輔親の言葉を伊勢武者はどう受け取ったか答えよ。
答え:輔親の風流心を理解せずに鶯が飛び去ろうとしたら、どうなっても構わないから引きとどめねばならないと受け取った。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は十訓抄でも有名な、「祭主三位輔親の侍」についてご紹介しました。
その他については下記の関連記事をご覧下さい。
[関連記事]
十訓抄「博雅の三位と鬼の笛」
十訓抄「安養の尼上の小袖」
十訓抄「成方の笛」
十訓抄「大江山」の品詞分解
十訓抄「大江山」
古典作品一覧|日本を代表する主な古典文学まとめ