土佐日記「門出」原文と現代語訳・解説・問題|和文日記

あじさいの写真|夏に咲く花々
Sponsored

土佐日記(とさにっき)は紀貫之による現存最古の和文日記で、承平五年(935年)頃に書かれました。
今回は高校古典の教科書にも出てくる土佐日記の中から「門出(かどで)」について詳しく解説していきます。

Sponsored

土佐日記「門出」の解説

土佐日記(とさにっき)でも有名な、門出(かどで)について解説していきます。

[関連]
土佐日記「門出」朗読動画(Youtube)

門出の原文

男もすなる日記(にき)といふものを、女もしてみむとて、するなり。
それの年の十二月(しはす)の二十日(はつか)あまり一日(ひとひ)の日の戌の時に、門出す。
その由(よし)、いささかにものに書きつく。
 
ある人、県(あがた)の四年五年(よとせいつとせ)果てて、例のことどもみなし終へて、解由(げゆ)など取りて、住む館(たち)より出(い)でて、船に乗るべき所へ渡る。
かれこれ、知る知らぬ、送りす。
年ごろよく比べつる人々なむ、別れ難く思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。

二十二日(はつかあまりふつか)に、和泉(いずみ)の国までと、平らかに願(ぐわん)立つ。
藤原(ふぢはら)のときざね、船路なれど、馬(むま)のはなむけす。
上中下(かみなかしも)、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海(しほうみ)のほとりにて、あざれあへり。

二十三日(はつかあまりみか)。
八木のやすのりといふ人あり。
この人、国に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざなり。
これぞ、たたはしきやうにて、馬のはなむけしたる。
守柄(かみがら)にやあらむ、国人(くにひと)の心の常として、「今は。」とて見えざなるを、心ある者は、恥ぢずになむ来ける。
これは、物によりて褒むるにしもあらず。

二十四日(はつかあまりよか)。
講師(かうじ)、馬のはなむけしに出でませり。
ありとある上下(かみしも)、童(わらは)まで酔ひ痴(し)れて、一文字(いちもんじ)をだに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。

門出の現代文

男も書くという日記というものを、女も書いてみようと思って書くのである。
ある年の十二月二十一日の午後八時頃に、出発する。
その様子を、少しばかり紙に書きつける。

ある人(*)が、国司といての任期の四、五年が終わって、通例の事務を全て終わらせて、解由状などを受け取り、住んでいた国司の官舎から出て、船に乗るはずの所へ移る。
あの人この人、知っている人知らない人、見送りをする。
この数年来親しく交際していた人たちは、別れがたく思って、一日中、あれやこれやとしながら、大騒ぎするうちに、夜が更けてしまった。

二十二日に、和泉の国まで、無事であるようにと神仏に祈願する。
藤原のときざねが、船旅であるのに、馬のはなむけ(=送別の宴)をする。
身分の高い者も中・下の者もすっかり酔っ払って、たいそう不思議なことに、潮海のそばで、ふざけ合っている。

二十三日。
八木のやすのりという人がいる。
この人は、国司の役所で必ずしも仕事などを言いつけて使う者でもないようだ。
この人が、堂々として立派な様子で、餞別を贈ってくれた。
国司の人柄であろうか、国の人の人情の常として、「今は」と思って見送りに来ないようだが、真心のある人は、気にせずにやって来るのだよ。
よい贈り物をもらったからといって褒めるわけでもない。

二十四日。
国分寺の僧官が、送別の宴をしにおいでになった。
そこにいあわせた人々は身分の上下を問わず、子どもまでが正体なく酔っ払って、一の文字さえ知らない者が、その足は十の文字を踏んで遊んでいる。

門出の単語・語句解説

[日しきりに]
一日中。

[とかくしつつ]
あれやこれやとしつつ。

[ののしる]
ここでは”大騒ぎする”の意味。

[平らかに願立つ]
無事であるようにと祈願する。

[酔ひ飽きて]
すっかり酔っ払って。

[いとあやしく]
たいそう不思議なことに。

[褒むるにしもあらず]
褒めるわけでもない。

[出でませり]
おいでになった。

[一文字をだに]
一の文字さえ。

*門出でテストによく出る問題

○問題:「ある人(*)」は誰を指しているか。
答え:作者(紀貫之)。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は土佐日記の門出についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

参考/おすすめ書籍


タイトルとURLをコピーしました