徒然草の原文内容と現代語訳|兼好法師の生涯

鎌倉時代に兼好法師が書いた随筆、徒然草。

つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。


[意味]
孤独にあるのにまかせて、一日中、硯と向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみると、妙におかしな気分になってくる。

この冒頭の文章は教科書にも出ているくらい、とても有名です。
今回はそんな兼好法師の徒然草についてご紹介したいと思います。


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徒然草とは

徒然草は、作者である兼好法師が自身の経験から得た考えや逸話などを書き綴った、244段から成る随筆です。
(随筆とは自分の考えなどをありのままにかく文章のこと。)

清少納言の「枕草子」、鴨長明の「方丈記」と並び、日本三大随筆の一つにもなっています。

兼好法師

兼好法師(けんこうほうし)の姓名は、卜部兼好(うらべかねよし)といいます。
兼好(けんこう)というのは出家後の法名です。
吉田兼好といわれることもありますが、これは兼好の死後に同族が改姓したもので正式な名字とはいえません。

兼好は和歌の才能もあり、和歌四天王の一人にも数えられて家集も残す程でした。
その足跡については研究が続けられていますが、兼好が生まれたのは1283年(弘安6年)、死没は1352年(正平7年・文和元年)、享年は70余歳と推定されています。

兼好の家系、卜部氏は神道界の名門でした。
吉田神社を預かる家の支流に生まれ、兼好は幼少期から恵まれた環境で育ちます。

【兼好の生涯】
10代後半 内大臣堀川具守に諸大夫(事務管理職)として仕える
19歳 後二条天皇に仕え、六位の蔵人(秘書官)になる
25歳 左兵衛佐に昇進
26歳 後二条天皇が崩御
数年後 出家
30代 修学院や小野、横川で遁世生活
40代 徒然草の執筆
50代以降 古典研究や作歌活動に励む

兼好の出家の理由としては、「政権交代によって出世に影がさした」「兼好本来の性格によるもの」などの説がありますが、ハッキリとした理由はわかっていません。
妻子もおらず、出家後は一人静かに遁世生活を送りました。

兼好が生きたのは、鎌倉幕府から室町幕府に変わるまでの動乱期。
まさに激動の時代でした。

そんな時代から距離を置き、兼好は徒然草の執筆に励んだのです。

徒然草の内容

それではここで、徒然草の内容を全244段から抜粋して現代語訳と共にご紹介したいと思います。


(*は教科書頻出項)

冒頭文|序

原文

つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

現代語訳

孤独にあるのにまかせて、一日中、硯と向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみると、妙におかしな気分になってくる。

第3段|よろづにいみじくとも

[要約]
恋を知らない男はダメ

原文

よろづにいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵(さかづき)の底なき心地ぞすべき。
露霜にしほたれて、所さだめずまどひ歩(あり)き、親のいさめ、世のそしりをつつむに心のいとまなく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるはひとり寢がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。
さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべき業(わざ)なれ。

現代語訳

どんなにすばらしくても、恋を知らない男は非常に物足りない。みごとな玉製の盃の底が抜けたように、見かけだけで男としての魅力が欠けている。
早朝から深夜まで露・霜に濡れながら恋人たちを渡り歩き、親の説教や世間の避難をかわすために神経をすり減らし、あれこれ気をもんでいる。
そのくせ実際にはひとり寝が多く、恋人と共寝する夜の少ないのはなんともおもしろい。
とはいえ、恋に夢中だからといってがつがつすることなく、女性にいつも好感を持たれるように節度をもって行動するのが理想的である。

第7段|あだし野の露

[要約]
死があるから生が輝く

原文

あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ちさらでのみ住み果つる習ひならば、いかに物の哀れもなからん。
世は定めなきこそいみじけれ。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。

かげろふの夕を待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。
つくづくと一年(ひととせ)を暮らす程だにも、こよなうのどけしや。飽かず、惜しと思はば、千年(ちとせ)を過すとも、一夜の夢の心地こそせめ。
住みはてぬ世に、醜きすがたを待ちえて、何かはせん。命長ければ辱(はじ)多し。
長くとも四十(よそぢ)に足らぬほどにて死なんこそ、目安かるべけれ。

そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出(い)でまじらはん事を思ひ、夕(ゆふべ)の日に子孫を愛して、榮行(さかゆ)く末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く、物のあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。

現代語訳

露や煙ははかなく消える命なのに、この世に死者はなくならないので、あだし野霊園の草露や鳥部山火葬場の煙はいつまでも消えることはない。
だが、その草露や煙のように人間がこの世に永住して死ぬことがないならば、人生の深い感動は生まれてくるはずもない。
やはり、人の命ははかないほうが断然良い。命あるもので、人間ほど長生きなものはない。

かげろうのように朝生まれて夕べには死に、夏の蟬のように春秋の季節美を知らない短命な生物もいる。
それに比べたら、人間の場合は心安らかに一年間を送れるというだけでもなんとものどかな話ではないか。
もしも命に執着するとたとえ千年の長い年月を過ごしても、それはたった一夜の夢のようにはかなく感じるだろう。
どうせ永遠には住めないこの世に醜い姿になるまで生きていて何になろうか。長生きすると恥をかくことも多くなる。
長くとも四十そこそこで死ぬのが無難というものだ。

その年齢を過ぎると容姿の衰えを恥じる気持ちがなくなり、平気で人前に出て社交的にふるまおうとする。
更に日没の太陽のような老齢の身で子孫を溺愛し、子孫の繁栄を見届けようと長生きを望んで世俗の欲望ばかり強くなり、深い感動の味わいもわからなくなっていくのはなんとも救いがたい気がする。

第8段|世の人の心

[要約]
人間は色欲に惑わされる

原文

世の人の心を惑はすこと、色欲には如かず。人の心は愚かなるものかな。
匂ひなどは仮のものなるに、しばらく衣裳に薫物(たきもの)すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。
久米の仙人の、物洗ふ女の脛(はぎ)の白きを見て、通を失ひけんは、まことに手足・膚(はだえ)などのきよらに、肥えあぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。

現代語訳

色欲ほど人間を迷わせるものはない。なんて人間は愚かなんだろう。
香りなんか一時的なものなのに、着物にたき染めた香りとは知りながら、素晴らしい芳香をかぐと心をときまけせてしまう。
その昔に久米の仙人が、川で洗濯している女の、裾をたくし上げてあらわになった脛(すね)を見て神通力を失い、空中から落下したという伝説がある。
女の手足や肌がきめこまかくて、むっちりと脂ののっているのは他の色と違い女の色香だから、そこそこ人間臭さを残していた仙人が心惑わされたのも当然といえば当然であった。

第19段|折節の移り変はるこそ

[要約]
季節の移り変わりは美しい

原文

折節の移り変わるこそ、物ごとに哀れなれ。
ものの哀れは秋こそまされと、人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、今ひときは心も浮きたつものは、春の景色にこそあめれ。
鳥の声などもことの外に春めきて、のどやかなる日かげに、垣根の草萌え出づる頃より、やや春ふかく霞みわたりて、花もやうやう気色(けしき)だつほどこそあれ、折しも雨風うちつゞきて、心あわただしく散りすぎぬ。
青葉になり行くまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。

花橘は名にこそおへれ、なほ、梅の匂ひにぞ、いにしへの事も立ちかへり戀しう思ひ出でらるる。山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて思ひすて難きこと多し。

現代語訳

四季の移り変わる様子は、何につけても心にしみるものがある。
心にしみる味わいは秋が一番深い、と誰もが認めているらしい。それはそれで一理あるが、よりいっそう心が目覚めるように感じるのは春の風物だと思う。
まず、鳥の声などもいかにも春らしく聞こえてきて、のどかな春の光を浴びて、垣根の草が眼を出し始める。
しだいに春が深くなると、霞が一面にたなびくようになり、桜の花が今にも開こうとする、ちょうどそんな時に雨や風の日が続いて、慌ただしく散りすぎてしまう。
こうして青葉の時期になるまで、あれこれ気をもむ日々が続くのだ。

橘の花は、昔をしのばせる花として有名だが、私にはやはり梅の花の香りによって過去のこともその当時に戻って、懐かしく思い出されてくる。
黄色の山吹の清らかな美しさ、藤の彩りや縁取りがぼうっと霞んだような、淡い紫の花房の垂れ下がった様子など、春はどれもこれも見落とせないものばかりだ。

第29段|静かに思へば

[要約]
つい昔を思い出してしまう

原文

静かに思へば、よろづ過ぎにしかたの恋しさのみぞ、せむかたなき。
人静まりて後、永き夜のすさびに、何となき具足とりしたため、殘し置かじと思ふ反古など破りすつる中に、亡き人の手習ひ、絵かきすさびたる見出でたるこそ、ただその折の心地すれ。

このごろある人の文だに、久しくなりて、いかなる折り、いつの年なりけむと思ふは、あはれなるぞかし。手なれし具足なども、心もなくてかはらず久しき、いと悲し。

現代語訳

心静かに思い出にふけると、何事につけて、過ぎた昔の恋しさだけがどうしようもなくつのってくる。
人の寝静まった後、秋の夜長の暇つぶしに、雑多な身の回りの品々を整理して、残しておく必要のない書き損じの紙などを破り捨てる中に、今は亡き人の文字や絵を見つけると一瞬にして心はその人が生きていた当時に戻ってしまう。

今生きている人の手紙でさえ月日がたって、これを貰ったのはいつどんな時だっただろうと思いをめぐらすうちに、しみじみとした気分に引き込まれる。
故人の使い慣れた道具類が人情とは無関係にずっと当時のまま残っているのを見るのはとてもせつないものだ。

第32段|九月二十日のころ

[要約]
月見る女の心配り

原文

九月二十日のころ、ある人に誘はれ奉りて、明くるまで月見歩く事侍りしに、思し出づる所ありて、案内せさせて入り給ひぬ。
荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬにほひ、しめやかにうちかおりて、忍びたる気配、いとものあはれなり。

よきほどにて出で給ひぬれど、なほことざまの優に覚えて、もののかくれよりしばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり。
やがてかけこもらましかば、口惜しからまし。あとまで見る人ありとは、いかでか知らん。
かやうの事は、ただ、朝夕の心づかひによるべし。

その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。

現代語訳

九月二十日の頃、ある人に誘われ申しあげて、明けるまで月見をして歩き回ったことがございましたが、思い出しなさる所があって、取り次ぎをさせて、お入りになりました。
荒れている庭で露がたくさんおりている所に、ことさらに薫いたとも思われない香の匂いが、しっとりと香って人目を避けて住んでいる様子は、とても趣深い。

第35段|手のわろき人の

[要約]
字が下手でも手紙は書くべし

原文

手のわろき人の、はばからず文書き散らすはよし、見苦しとて人に書かするはうるさし。

現代語訳

字の下手な人が遠慮しないでどんどん手紙を書くのは、良いことだ。
字が下手だからと他人に代筆させるのは、嫌気がさす。

第51段|亀山殿の御池に

[要約]
道を心得ている者は尊い

原文

亀山殿の御池に、大井川の水をまかせられんとて、大井の土民に仰せて、水車を造らせられけり。
多くの銭を賜ひて、数日に営み出だして、掛けたりけるに、おほかた廻らざりければ、とかく直しけれども、つひに回らで、いたづらに立てりけり。

さて、宇治の里人を召して、こしらへさせられければ、やすらかに結ひて参らせたりけるが、思ふやうに廻りて、水を汲み入るること、めでたかりけり。

よろづにその道を知れる者は、やんごとなきものなり。

現代語訳

亀山殿の御池に、大井川の水をお引き入れになろうとして、大井の土地の住民にお命じになって、水車をお造らせになった。
たくさんの金銭をお与えになって、数日かかって造りあげて、かけたところが、全く回らなかったので、あれこれと直したけれども、とうとう回らないでなんの役にも立たずに立っていた。

そこで、宇治の里の住民をお呼びになって、お造らせになったところ、容易に組み立てて差し上げたが、思い通りに回って、水を汲み入れることが実にみごとであった。

何事につけてもその道を心得ている者は尊いものである。

第52段|仁和寺にある法師

[要約]
人に聞いた方が良い事もある

原文

仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心憂くおぼえて、 あるとき思ひ立ちて、ただ一人徒歩よりまうでけり。
極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て、帰りにけり。

さて、かたへの人に会ひて、「年ごろ思ひつること、果たしはべりぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに、山へ登りしは、何事かありけむ。ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」とぞ言ひける。

少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。

現代語訳

仁和寺にいたある僧は、老年になるまで、石清水八幡宮を参拝した事が無かった。
そこで、我ながら情けないと思って、ある時一大決心してたった一人、徒歩で参拝に出掛けた。
ところが、この僧は極楽寺・高良神社を拝むと、八幡宮はこれで全部だと思いこんで[目的である山上の八幡宮を拝まずに]帰ってしまった。

そして同僚に向かって「長年心にかけていた参拝を果たしました。八幡宮は噂で聞いた以上に荘厳な境内でした。それにしても、参詣者が皆、山へ登ったのは何があったのでしょうか。知りたかったのですが、八幡宮の参拝が目的でしたから、山上には登りませんでした」と、きまじめな顔で話したという。

ちょっとしたことでも、案内者のいたほうが大失敗を避けることが出来るものだ。

第59段|大事を思ひ立たむ人

[要約]
やりたい事を決めたら、それに全力を注ぐべし

原文

大事を思ひ立たむ人は、さり難き心にかからむ事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。

「しばしこの事果てて」、「同じくは彼の事沙汰しおきて」、「しかしかの事、人の嘲りやあらむ、行末難なくしたためまうけて」、「年ごろもあればこそあれ、その事待たん、程あらじ。物さわがしからぬやうに」など思はんには、えさらぬ事のみいとど重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひたつ日もあるべからず。
おほやう、人を見るに、少し心ある際は、皆このあらましにてぞ一期は過ぐめる。

近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とやいふ。
身を助けむとすれば、恥をも顧みず、財(たから)をも捨てて遁れ去るぞかし。
命は人を待つものかは。無常の來ることは、水火の攻むるよりも速かに、逃れがたきものを、その時老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨てがたしとて捨てざらんや。

現代語訳

道を求め悟りを開くという一大事を決意している人間は、放っておけず、心にかかる事があっても、その解決を望まずに、そっくりそのまま捨ててしまうべきだ。

「もうしばらく。これが終わってから」とか、「同じことなら、あれを片付けてから」「これこれのことは、人に笑われるかもしれない。将来非難されないように、ちゃんと整理しておいて」「長年こうしてきたのだから、片付くのを持ったとしても時間はかからないだろう。そうせっかちになる事もない」などと考えていたら、放ったらかしに出来ないような用事ばかり積み重なってくる。
しかも用事が消えてなくなるはずもなく、ついには一大事を決行する日も失われてしまうのだ。
だいたい世間の人々を観察すると、少々しっかりした程度の人物は皆、こうした計画倒れで人生を終えてしまうそうだ。

近所に火事があって逃げるとき、火に向かって「ちょっと待って」と言うだろうか。言うはずがない。
助かりたければ、恥も外聞も構わず、財産さえ捨てて逃げるものだ。
いったい寿命というものは人間の都合を待ってくれるだろうか。そんなことはない。死の迫り来るさまは洪水や猛火が襲いかかるよりも早く、逃れがたい。人生がこんな緊迫した状況に置かれているにもかかわらず、老いた親、幼い子、主君の恩、人の情けを、捨てにくいといって、捨てないだろうか。捨てないでいられるはずはない。
求道者は、いっさいを捨てて、速やかに一大事を決行しなければならない。

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