宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)は13世紀前半頃に書かれた説話文学で、作者はわかっていません。
約200の説話が収められています。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる宇治拾遺物語の中から「博打の子の婿入り」について詳しく解説していきます。
宇治拾遺物語「博打の子の婿入り」の解説
宇治拾遺物語でも有名な、「博打の子の婿入り」について解説していきます。
宇治拾遺物語「博打の子の婿入り」の原文
昔、博打の子の年若きが、目鼻一所に取り寄せたるやうにて、世の人にも似ぬありけり。
二人の親、これいかにして世にあらせんずると思ひてありけるところに、長者の家にかしづく娘のありけるが、顏よからん婿取らんと、母の求めけるを伝へ聞きて、
「天の下の顏よしといふ人、婿にならんとのたまふ。」
と言ひければ、長者喜びて、婿に取らんとて、日を取りて契りてけり。
その夜になりて、裝束など人に借りて、月は明かりけれど、顏見えぬやうにもてなして、博打ども集まりてありければ、人々しくおぼえて、心にくく思ふ。
さて、夜々行くに、昼ゐるべきほどになりぬ。
いかがせんと思ひめぐらして、博打一人、長者の家の天井に上りて、二人寝たる上の天井を、ひしひしと踏み鳴らして、いかめしく恐ろしげなる声にて、
「天の下の顏よし。」
と呼ぶ。
家のうちの者ども、いかなることぞと聞き惑ふ。
婿、いみじく怖ぢて、
「おのれをこそ、世の人、天の下の顏よしと言ふと聞け。いかなることならん。」
と言ふに、三度まで呼べばいらへつ。
「これはいかにいらへつるぞ。」
と言へば、
「心にもあらでいらへつるなり。」
と言ふ。
鬼の言ふやう、
「この家の娘は、わが領じて三年になりぬるを、なんぢ、いかに思ひてかくは通ふぞ。」
と言ふ。
「さる御事とも知らで、通ひ候つるなり。ただ御助け候へ。」
と言へば、鬼、
「いといと憎きことなり。一言して帰らん。なんぢ、命とかたちといづれか惜しき。」
と言ふ。
婿、
「いかがいらふべき(*)。」
と言ふに、舅、姑、
「何ぞの御かたちぞ、命だにおはせば。ただかたちをとのたまへ。」
と言へば、教へのごとく言ふに、鬼、
「さらば、吸ふ吸ふ。」
と言ふときに、婿、顏を抱へて、
「あらあら。」
と言ひて伏しまろぶ。
鬼は歩び帰ぬ。
さて、
「顏はいかがなりたる。見ん。」
とて、紙燭(しそく)をさして、人々見れば、目鼻一つ所に取り据ゑたるやうなり。
婿は泣きて、
「ただ、命とこそ申べかりけれ。かかるかたちにて、世の中にありては何かせん。かからざりつる先に、顏を一度見えたてまつらで。おほかたは、かく恐ろしき物に領ぜられたりける所に参りける、過ちなり。」
とかこちければ、舅、いとほしと思ひて、
「この代はりには、わが持ちたる宝を奉らん。」
と言ひて、めでたくかしづきければ、うれしくてぞありける。
所のあしきかとて、別によき家を作りて住ませければ、いみじくてぞありける。
宇治拾遺物語「博打の子の婿入り」の現代語訳
昔、ばくち打ちの子供で年が若く、目と鼻を一箇所に集めたようであって、普通の人にも似ていない者がいた。
二人の親は、これ(=醜いばくち打ちの子)はどのようにして世間並みの暮らしをさせようかと思っていたところに、長者の家に大事に世話をする娘がいたが、顔のよいような婿を取ろうと、母が求めていたのを伝え聞いて、
「天下の美男子という人が、婿になろうとおっしゃっている。」
と言ったので、長者は喜んで、婿に取ろうと言って、(よい)日を選んで約束してしまった。
その夜になって、衣装などを人に借りて、月は明るかったけれども、顔が見えないように処置して、ばくち打ちたちが集まっていたので、(多くの従者を連れた)ひとかどの身分の人のように思われて、奥ゆかしく思う。
そうして、夜ごとに行くと、昼間も(妻のもとに)とどまらなければならない時になった。
どうしようとあれこれ考えて、ばくち打ちが一人、長者の家の天井に上って、二人が寝ている上の天井を、みしみしと踏み鳴らして、おごそかで恐ろしい感じの声で、
「天の下の顔よし(天下の美男子)。」
と呼ぶ。
家の中の者たちは、どういうことかと聞いてとまどう。
婿(=ばくち打ちの子)は、ひどく怖がって、
「私(=ばくち打ちの子)を、世間の人は、天の下の顔よしと言うと聞く。どういうことだろうか。」
と言うが、三度まで呼ぶので答えた。
「これはどうして答えたのか。」
と言うので、
「思わず答えたのだ。」
と言う。
鬼が言うことには、
「この家の娘は、私が自分のものにして三年になったのに、おまえは、どう思ってこのように通うのか。」
と言う。
「そんな事とも知らないで、通ったのです。ただもうお助けください。」
と言うと、鬼は、
「何とも実に憎らしいことだ。一言いって帰ろう。お前は、命と顔とどっちが惜しいか。」
と言う。
婿(=ばくち打ちの子)が、
「どう答えるのがよいか。」
と言うので、舅と姑は、
「どうして顔(が惜しい)か、せめて命だけでもおありならば(よいのです)。ただ顔を(差し上げます)とおっしゃい。」
と言うので、教えのように言うと、鬼は、
「それならば、吸うぞ吸うぞ。」
と言うときに、婿は、顔を抱えて、
「ああああ。」
と言って転げ回る。
鬼は歩いて帰った。
そうして、
「顔はどうなっているか。見よう。」
と言って、紙燭をともして、人々が見ると、目鼻を一箇所に集めて置いたようである。
婿は泣いて、
「ただ命(を差し上げる)と申すべきであったなあ。こんな顔で生きていては、どうしようか。このようでなかった先に、顔を一度お見せ申し上げないで(残念だ)。だいたいは、このように恐ろしいものにとりつかれている所に参上したことが、間違いである。」
と嘆いたところ、舅は、気の毒だと思って、
「この代わりとしては、私(=長者)が持っている宝を差し上げよう。」
と言って、すばらしく世話をしたので、嬉しかった。
場所が悪いのかと言って、別にすばらしい家を作って住ませたので、たいそう幸せに暮らしたということだ。
宇治拾遺物語「博打の子の婿入り」の単語・語句解説
大切に育てる。
[人々しく]
一人前だ。人並みだ。
[おぼえて]
思われて。感じて。
[心にくく]
(憎らしいほど)心ひかれる。奥ゆかしい。
[怖じ]
怖気づく。怖がる。
[いらへ]
答える。
[さらば]
それならば。
[かからざりつる]
こうである。
[いとほし]
ここでは”気の毒だ・かわいそうだ”の意味。別に”いとしい・かわいい”の意味もある。
*宇治拾遺物語「博打の子の婿入り」でテストによく出る問題
○問題:婿が「いかがいらふべき(*)」と舅と姑に聞いたのは何故か。
答え:舅と姑に答えさせる事で、責任逃れをしている。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は宇治拾遺物語でも有名な、「博打の子の婿入り」についてご紹介しました。
(博打の子、聟入りの事)
その他については下記の関連記事をご覧下さい。
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