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平家物語「富士川」原文と現代語訳・解説|日本の軍記物語

金木犀
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平家物語(へいけものがたり)といえば日本の軍記物語の中でも特に有名で、鎌倉時代に書かれました。

今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる平家物語の中から「富士川(ふじがわ)」について詳しく解説していきます。

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平家物語「富士川」の解説

平家物語でも有名な、「富士川」について解説していきます。

平家物語「富士川」の原文

さるほどに十月二十三日にもなりぬ。
明日は、源平富士川にて矢合(やあはせ)と定めたりけるに、夜に入つて、平家の方より源氏の陣を見渡せば、伊豆、駿河の人民百姓らがいくさに恐れて、あるいは野に入り山に隠れ、あるいは舟にとり乗つて、海、川に浮かび、営みの火のみえけるを、平家の兵ども、

「あなおびただしの源氏の陣の遠火の多さよ。げにもまことに野も山も、海も川も、みな敵(かたき)でありけり。いかがせん。」

とぞ慌てける。
その夜の夜半ばかり、富士の沼に、いくらも群れ居たりける水鳥どもが、何にか驚きたりけん、ただ一度にばつと立ちける羽音の、大風いかづちなんどのやうに聞こえければ、平家の兵ども、

「すはや源氏の大勢の寄するは。斎藤別当が申しつるやうに、定めてからめ手もまはるらん。取り込められてはかなふまじ。ここをば引いて、尾張川、洲俣を防げや。」

とて、取る物もとりあへず、われ先にとぞ落ちゆきける。
あまりに慌て騒いで、弓取るものは矢を知らず、矢取るものは弓を知らず。
人の馬には我乗り、わが馬をば人に乗らる。
あるいはつないだる馬に乗って馳すれば、杭をめぐること限りなし。
近き宿々より迎へとつて遊びける遊君遊女ども、あるいは頭蹴割られ、腰踏み折られて、をめき叫ぶ者多かりけり。

明くる二十四日卯の刻に、源氏大勢二十万騎、富士川に押し寄せて、天も響き大地も揺るぐほどに、鬨をぞ三が度、作りける。

平家物語「富士川」の現代語訳

そうしているうちに十月二十三日にもなってしまった。
明日は、源氏と平家が富士川で開戦と決めたところが、夜になって、平家の方から源氏の陣営を見渡すと、伊豆、駿河の人民や百姓たちが戦を恐れて、ある者は野に逃げ込み山に隠れ、(また)ある者は船に乗って(逃げ)、海や川に浮かんでいたが、炊事などをする火が見えたので、平家の兵士たちが、

「ああ大変な源氏の陣営の篝火の多さであるなあ。なるほど本当に野も山も、海も川も、みな敵であるなあ。どうしようか。」

と慌てうろたえた。
その(日の)夜の夜半頃、富士の沼にたくさん群がっていた水鳥たちが、何に驚いたのだろうか、ただ一度にばっと飛び立った羽音が、大風か雷などのように聞こえたので、平家の兵士たちは、

「そら源氏の大軍勢が押し寄せてきたぞ。斎藤別当が申したように、間違いなく背後から攻める軍勢も今頃動いているだろう。包囲されたら対応できないだろう。ここは一度引いて、尾張川、洲俣を妨げよ。」

と言って、何はさておき、我先にと落ちていった。
あまりに慌てふためいて、弓を持つ者は矢を忘れ、矢を持つ者は弓を忘れてしまった。
他人の馬に自分が乗り、自分の馬は人に乗られる。
ある者はつないである馬に乗って走ろうとすると、杭の周りをぐるぐるとめどなく回っている。
近い宿から迎えて選んでいた遊び女たちも、ある者は頭を蹴り割られ、腰を踏み折られて、わめき叫ぶ者が大勢いた。

明くる二十四日の午前六時頃に、源氏の大軍勢二十万騎が、富士川に押し寄せて、天も響き大地も揺るがすほどに、鬨の声を三度、作った。

平家物語「富士川」の単語・語句解説

[さるほどに]
そうしているうちに。

[あるいは]
ある者は。

[あな]
ああ。喜怒哀楽の感動を表す語。

[げに]
ここでは”なるほど”や”そのとおり”という意味。

[いかがせん]
どうしようか、いや、どうしようもない。

[夜半ばかり]
夜半頃。

[いくらも]
たくさん。いくらでも。

[何にか驚きたりけん]
何に驚いたのであろうか。

[すはや]
そら。相手に中を促す時に発する語。

[定めて]
きっと。間違いなく。

[かなふまじ]
対抗できないだろう。

[ここをば]
ここは。

[落ちゆきける]
落ちていった。逃走した。

[をめき叫ぶ]
わめき叫ぶ。

[卯の刻]
朝の六時頃。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は平家物語でも有名な、「富士川」についてご紹介しました。

その他については下記の関連記事をご覧下さい。

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