日本の美を愛した文豪、川端康成

原稿用紙の画像|四季の美

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。

あまりにも有名な上記の文は、川端康成の小説「雪国」の冒頭の一節です。

日本ペンクラブの会長を努め、日本だけでなく世界的にも活躍し、ノーベル文学賞を受賞した川端康成。
近代純文学を代表する川端は、文学だけでなく美術品や芸術への造形も深く、日本の美を生涯追求していきました。

今回は、そんな川端康成の軌跡に迫ります。

【目次】
1.川端康成の誕生
2.小説家として
3.ノーベル文学賞受賞
4.川端康成と源氏物語
5.美術、芸術
6.まとめ

1.川端康成の誕生

川端康成は1899年(明治32年)6月14日、現在の大阪市北区天神橋に生まれました。
しかし生後まもなく両親を病で亡くし、その後は祖父母に育てられます。

不憫な境遇から祖父母には大切に育てられ、「まるで真綿にくるむように育てられた」と後に川端は回想しています。

小学校に入学すると祖母も亡くなってしまい、中学3年で祖父が亡くなるまで、祖父と2人で暮らしていました。
この頃の体験は「十六歳の日記」という短編に記されており、晩年は介護などもあり厳しい生活を送っていました。

また、康成には4つ上の姉がいましたが、姉は母の妹の嫁ぎ先に引き取られており、その姉も13歳で亡くなってしまったので、ほとんど会った記憶も無かったそうです。

上記の様な生い立ちから、川端は天涯孤独という意識を常に背負い、それを芸術へと昇華させていきました。

2.小説家として

川端が小説家を志したのは中学時代。
幼い頃から本が好きで古典なども読んでいた為、既に文章能力は飛び抜けていました。

高校に進学すると寮生活が始まり、二年生になった秋、川端は伊豆に一人旅に出かけます。
この旅の経験が後に「伊豆の踊り子」という名作誕生のきっかけとなりました。

高校を卒業すると、東京帝国大学文学部へ入学。
ここで川端は仲間と共に同人誌「新思潮」の発刊などを精力的に行い、それらの文章が次第に注目を浴び、本格的に文壇デビューの道へ進みました。

3.ノーベル文学賞受賞

文壇デビュー後、数々のヒット作を生み出した川端は1968年(昭和43年)、69歳の時にノーベル文学賞を受賞します。

その受賞記念講演の題名は、「美しい日本の私―その序説」というもので、日本人にとっての美しさ、無常観といったものを日本語で講演しました。
この内容は後に書籍化され、現在でも名文として語り継がれています。

4.川端康成と源氏物語

川端は上記、「美しい日本の私―その序説」の中で、

殊に「源氏物語」は古今を通じて、日本の最高の小説で、現代にもこれに及ぶ小説はまだなく、十世紀に、このように近代的でもある長小説が書かれたのは、世界の奇蹟として、海外にも広く知られています。
少年の私が古語をよく分らぬながら読みましたのも、この平安文学の古典が多く、なかでも「源氏物語」が心におのずからしみこんでいると思います。
「源氏物語」の後、日本の小説はこの名作へのあこがれ、そして真似や作り変えが、幾百年も続いたのでありました。和歌は勿論、美術工芸から造園にまで「源氏物語」は深く広く、美の糧となり続けたのであります。

と源氏物語を日本の最高の小説と言及しており、また随筆「美の存在と発見」の中で、

日本の物語文学は「源氏」に高まって、それで極まりです。軍記文学は「平家物語」に高まって、それで極まりです。浮世草紙は井原西鶴に高まって、それで極まりです。俳諧は松尾芭蕉に高まって、それで極まりです。また、水墨画は雪舟に高まって、それで極まりです。宗達、光琳派の絵は俵屋宗達、尾形光琳に、あるいは宗達一人に高まって、それで極まりです。それらの追随者、模倣者、亜流ではなくても、後継者、後来者は、生まれても生まれなくても、いてもいなてもよかったようなものではないでしょうか。

とも述べており、特に源氏物語には特別な思い入れがあったようです。

5.美術、芸術

上記の「美と存在と発見」の一節からもわかる通り、川端は文学だけでなく、絵画や工芸にも造形が深い作家でした。

特に日本画家の東山魁夷とは、「虹いくたび」の装丁を描いてもらったのをきっかけに親交を深め、京都を舞台にした小説「古都」の執筆中、川端は東山に「京都は今描いておいていただかないとなくなります。京都のあるうちに描いておいて下さい」とお願いした程。

これをきっかけに東山魁夷の「京洛四季」シリーズが描かれることとなりました。

また、川端は美術品の収集家としても知られ、田能村竹田の茶碗、オーギュスト・ロダンの彫刻、鎌倉時代の仏像や縄文時代の土偶、日本画、工芸品など様々なものを集めていました。

6.まとめ

近代化の激動で変わりゆく日本を嘆き、また天涯孤独の身でありながらも人生に立ち向かい、昇華させていった川端康成。
川端康成は72歳で亡くなるまで、生涯日本の美を追求し続けました。

参考情報
川端康成文学館
上中条二丁目11-25

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