百人一首の一覧と意味、解説。百人一首人気和歌ランキングベスト20も!

小倉百人一首
百人一首を用いて行う競技かるたの世界を描いた漫画、「ちはやふる」が今若い世代を中心に人気となっています。
そこでまた注目を浴びている、百人一首。
学生時代に勉強したり、お正月にかるたで遊んだりした記憶がある方も多いのではないのでしょうか。
美しい日本語を感じることができる、奥深い百人一首の世界を覗いてみましょう。

【目次】
1.百人一首とは?歴史となりたち
2.関連用語解説
 2-1.三十六歌仙
 2-2.六歌仙
 2-3.歌合
 2-4.歌枕
 2-5.詞書
 2-6.題しらず・よみ人しらず
 2-7.光琳カルタ
3.百人一首の全文と解説、現代語訳、意味
4.人気の歌ランキングベスト20
5.百人一首の世界が体感出来る「時雨殿」へ行こう
6.おすすめ書籍

1.百人一首とは?歴史となりたち

小倉百人一首の世界
そもそも百人一首とは、一人一首の和歌を集めて作られた秀歌撰のこと。
現在様々な種類の百人一首がありますが、一般的に”百人一首”というと平安時代末期から鎌倉時代の初めに歌人である藤原定家が選んだ”小倉百人一首”のことを指します。

小倉百人一首は、百人の歌人の歌を一首ずつ集めた秀歌撰として最古のもので、現在ある様々な種類の百人一首はこの小倉百人一首を模して作られたものです。
ちなみに、”小倉百人一首”という呼び方は後世の後付で、古くは”小倉山荘色紙和歌”と呼ばれていました。
また小倉百人一首の”小倉”とは、藤原定家がこの秀歌撰を作ったのが京都にある小倉山の山荘だったことに由来しています。

しかしその名称と成り立ちについては現在も謎の部分が多く、検証が行われています。

2.百人一首関連用語解説

三十六歌仙

平安時代中期の歌人、公卿であった藤原公任(ふじわらのきんとう)が選んだ三十六人の優れた歌人のこと。
中古三十六歌仙や女房三十六歌仙などはこれを模したものです。

柿本人麻呂*山辺赤人*大伴家持*猿丸大夫*僧正遍昭*在原業平*小野小町*藤原兼輔*紀貫之*凡河内躬恒*紀友則*壬生忠岑*伊勢*藤原興風*藤原敏行*、源公忠、源宗于*素性法師*、大中臣頼基、坂上是則*源重之*藤原朝忠*藤原敦忠*、藤原元真、源信明、斎宮女御、藤原清正、藤原高光、小大君、中務、藤原仲文、清原元輔*大中臣能宣*、源順、壬生忠見*平兼盛*
*印は小倉百人一首にも含まれています。

六歌仙

古今和歌集の序文に掲げられている六人の歌人のこと。

僧正遍昭*在原業平*文屋康秀*喜撰法師*小野小町*、大友黒主
*印は小倉百人一首にも含まれています。

歌合(うたあわせ)

歌人を左右に分けて、その詠んだ歌を各一首ずつ組み合わせて優劣を比較した遊戯のこと。
宮廷、貴族の間で流行しました。

歌枕(うたまくら)

和歌によく詠まれる名所や旧跡のこと。
逢坂山や小倉山、吉野や須磨などが有名です。

詞書(ことばがき)

和歌の前に、歌が作られた背景や時、場所などを簡潔に説明した文章のこと。

題しらず・よみ人しらず

和歌の題や作者、詳細が不明の際に詞書に記す言葉です。

光琳カルタ

百人一首がカルタとして普及するようになり、様々なカルタが作られるようになった中でも特に絵画的にも優れたカルタです。
作者は尾形光琳。琳派と呼ばれる画派を生み出した始祖としても有名です。

3.百人一首の全文と解説、現代語訳、意味

1番歌

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇

【読み】
あきのたのかりほのいほのとまをあらみ わがころもてはつゆにぬれつつ
【意味】
秋の田に作った仮小屋にいると、屋根を葺いた苫の目が荒いので、私の袖は夜霧に濡れてしまう。
【解説】
”かりほの庵”:「仮庵の庵(かりいほのいおり)」の語調を整えたもの。
”苫”:藁や萱を編んだもの。これで屋根を葺く。

万葉集にある作者不明の歌「秋田刈る仮庵を作りわが居れば衣手寒く露ぞ置きにける」が基になっているとも言われますが、小倉百人一首には天皇が士民の苦労をいたわった歌として選ばれています。
作者は第38代天皇の天智天皇。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)として広く知られています。

2番歌

春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山

持統天皇

【読み】
はるすきてなつきにけらししろたへの ころもほすてふあまのかぐやま
【意味】
春が過ぎ、夏が来たらしい。夏になると白い衣を干すという天の香具山に真っ白な衣が干されている。
【解説】
”来にけらし”:「来にけるらし」の略で、「来たらしい」という意味。
”白妙の衣”:真っ白な衣のこと。白妙は白栲のあて字で、楮の繊維で織られる。

作者は第41代天皇の持統天皇。女帝で、とても有能な統治者でした。

3番歌

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂

【読み】
あしびきのやまどりのをのしだりをの ながながしよをひとりかもねむ
【意味】
山鳥のあのたれさがった尾のように長い夜を、私は一人で寂しく眠るのであろうか。
【解説】
”あしびきの”:山の枕詞。
”山どり”:キジ科に属す鳥。
”しだり尾”:垂れ下がっている尾のこと。
山鳥はひとり寝をする習性があるという言い伝えから、わびしい気持ちを重ねた歌です。
作者は柿本人麻呂。飛鳥時代の歌人、三十六歌仙の一人で、歌聖とも評されています。

4番歌

田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

山辺赤人

【読み】
たごのうらにうちいでてみればしろたへの ふじのたかねにゆきはふりつつ
【意味】
田子の浦の海辺に出て見渡してみると、富士の高嶺には真っ白な雪が降り積もっている。
【解説】
”田子の浦”:現在の静岡県富士郡元吉原の海岸のこと。
”うち出でて”:「うち」は接頭語。ただ「出て」という意味。
”降りつつ”:ここでは「降り積もっている」という意味。
作者は山辺赤人。奈良時代の歌人で、三十六歌仙の一人。万葉集の代表的な歌人です。

5番歌

奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき

猿丸大夫

【読み】
おくやまにもみぢふみわけなくしかの こえきくときぞあきはかなしき
【意味】
奥山で散り敷いた紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞くとき、とりわけ秋が悲しく感じられる。
【解説】
古今集の時代には、紅葉を踏み分けているのは、鹿ではなく作者自身と解していました。
藤原定家ら後世になって踏み分けているのは鹿であるという解がなされています。
作者は猿丸大夫(さるまるのたいふ/さるまるだゆう)。三十六歌仙の一人です。

6番歌

鵲の渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける

中納言家持

【読み】
かささぎのわたせるはしにおくしもの しろきをみればよぞふけにける
【意味】
鵲が渡したという橋に置いた霜が真っ白になっているのを見ると、夜もふけたということだろう。
【解説】
”鵲”:カラス科の鳥のこと。
鵲が七夕の夜、天の川に翼を連ねて橋を掛け、織女を渡したという伝説を元にしています。
作者は大伴家持(おおとものやかもち)。小倉百人一首では中納言家持となっています。三十六歌仙の一人で、万葉集を最終的に編集したのは家持とも言われています。

7番歌

天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

安倍仲麿

【読み】
あまのはらふりさけみれはかすがなる みかさのやまにいでしつきかも
【意味】
大空を遥かに見渡してみると、月が出ている。あの月は故郷の春日の三笠の山に出たのと同じ月なのだろうか。
【解説】
”天の原”:大空。
”ふりさけ見れば”:「ふり」は接頭語。「遠くを見渡すと」という意味。
”春日”:現在の奈良市、春日神社のあたり。
唐朝に仕えていた作者が月を仰ぎ、故郷への思いを募らせた歌です。
作者は安倍仲麿(あべのなかまろ)。唐朝で高官にまで登りつめたものの、結局日本への帰国は果たせませんでした。

8番歌

わが庵は都のたつみしかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり

喜撰法師

【読み】
わがいほはみやこのたつみしかぞすむ よをうぢやまとひとはいふなり
【意味】
私の庵は都の東南にあってのどかに暮らしているが、世間の人は世を憂しとして宇治山に住んでいると言っているらしい。
【解説】
”都のたつみ”:方角を十二支にあてはめると、辰巳は東南にあたる。
”しかぞ住む”:このように住んでいる。
”世をうぢ山”:憂し(つらい)と住んでいる宇治をかけている。
作者は喜撰法師。六歌仙の一人ですが、生没年などの詳細は謎に包まれています。

9番歌

花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに

小野小町

【読み】
はなのいろはうつりにけりないたづらに わがみよにふるがかめせしまに
【意味】
花の色は、すっかりあせてしまいました。むなしく長雨が降り、物思いにふけっている間に。
【解説】
”花の色は”:桜の花の色のことを指している。
”うつりにけりな”:色があせること。
”よにふる”:世渡りすることの世に”経る”と”降る”をかけている。
”ながめ”:”長雨”と”眺め”をかけている。
自身の生活や容姿が時とともに変わっていくことを情緒的に詠んだ歌です。
作者は小野小町。平安時代の女流歌人で、世界三大美女の一人としても有名です。

10番歌

これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関

蝉丸

【読み】
これやこのゆくもかへるもわかれては しるもしらぬもあふさかのせき
【意味】
これがあの、行く人も帰る人も、知る人も知らぬ人も逢っては別れる逢坂の関なのですね。
【解説】
”これや”:これがまぁ。
”この”:あの有名な。かの。
”あふ坂の関”:大津と京都の中間にあった関。
作者は蝉丸(せみまる/せみまろ)。平安時代の歌人で、逢坂山に住んでいました。

11番歌

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣船

参議篁

【読み】
わたのはらやそしまかけてこきいでぬと ひとにはつげよあまのつりぶね
【意味】
大海原の島々を目指して漕ぎだして行ったと、都の人には告げてくれ、漁師の釣り船よ。
【解説】
”わたの原”:大海原のこと。「わた」は海の古語。
”八十島”:多くの島々。
”かけて”:目がけて。
”漕ぎ出でぬ”:「ぬ」は完了の助動詞。漕ぎだしたということ。
”人”:都の人、家族や親しい人びと。
この歌の背景には、作者の篁が体験したある事件があります。
それは篁が遣唐副使に任ぜられ船で出発する際、大使である藤原常嗣が自分の破損した船に篁を乗せ、篁の船に常嗣が乗ろうとした横暴に篁が反発し、船に乗らなかった事で嵯峨天皇の怒りにふれ、隠岐に流されてしまったということ。
真冬に隠岐に向かう自身の心情が痛いほど込められている歌です。

12番歌

天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ

僧正遍昭

【読み】
あまつかぜくものかよひぢふきとぢよ をとめのすがたしばしとどめむ
【意味】
空を吹く風よ、雲の中の通り道をふさいでおくれ。この美しい天女の姿をもう少しとどめておきたいのだ。
【解説】
”天つ風”:空を吹く風。「つ」は現在の「の」にあたる古い助詞。
”雲の通ひ路”:ここでは天女が天井へ帰る雲の切れ間の路のこと。
”をとめ”:ここでは天女の意味。
この歌は五節の舞姫を天女に見立てた歌です。
五節(ごせち)とは新嘗会(しんじょうえ)や大嘗会(だいじょうえ)の際に舞姫が舞う公事のことで、これは天武天皇が吉野の宮で事を弾いた際に天女が降りてきて袖を五度翻したという故事にもとづいています。
舞姫には公卿・国司の家の姫が4人選ばれて、舞を披露していました。
作者は僧正遍昭。平安時代の僧、歌人。六歌仙、三十六歌仙の一人でもあります。

13番歌

筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる

陽成院

【読み】
つくばねのみねよりおつるみなのかわ こひぞつもりてふちとなりぬる
【意味】
筑波山の峰から流れ落ちるみなの川が積もり積もって深い淵となるように、私の恋心もどんどん深くなるばかりだ。
【解説】
”筑波峰”:現在の茨城県にある筑波山のこと。
”みなの川”:男女川や、水無川の字をあてる。やがて桜川となり霞ヶ浦に入る川。
”淵”:川の深くよどんだところ。
この和歌の作者である陽成院が光孝天皇の第三皇女綏子内親王に贈った歌です。

14番歌

陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに 乱れそめにしわれならなくに

河原左大臣

【読み】
みちのくのしのぶもぢすりたれゆゑに みだれそめにしわれならなくに
【意味】
陸奥産のしのぶずりの乱れ模様のように私の心も乱れているのは、他ならぬ貴方の為なのです。
【解説】
”陸奥”:東北地方東半部。
”しのぶもぢすり”:信夫郡から出た捩れ模様の摺り衣のこと。
”乱れそめにし”:乱れ初めた。「染め」とかけている。
”我ならなくに”:私ではないのに。
恋心の乱れと信夫もじ摺に重ねて詠んだ歌です。
作者は河原左大臣。源融(みなもとのとおる)として知られています。

15番歌

君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ

光孝天皇

【読み】
きみがためはるののにいでてわかなつむ わがころもでにゆきはふりつつ
【意味】
貴方に差し上げる為に春の野に出て若菜を摘んでいると、わたしの袖に雪が降りかかっておりました。
【解説】
”若菜”:早春の野に生える、食用になる若草の総称。
”わが衣手”:着物の袖のこと。
”降りつつ”:しきりに降る様。
古今集の詞書に「仁和のみかどみこにおはしましける時、人に若菜たまひける御歌」と書いてあることから、天皇に即位する前の歌であることがわかっていますが、贈った相手は不明です。
作者は光孝天皇。第五十八代天皇で、仁明天皇の第三皇子です。

16番歌

立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む

中納言行平

【読み】
たちわかれいなばのやまのみねにおふる まつとしきかばいまかへりこむ
【意味】
貴方と別れ因幡の国へ行っても、稲羽山の峰に生える松のように貴方が待つと聞いたならすぐに帰ってきます。
【解説】
”いなばの山の”:因幡(鳥取県)の稲葉山。または広く因幡の国の山とする説もある。
”まつとし聞かば”:「松」と「待つ」を掛けている。「し」は意味を強める助詞。
因幡守として遠方に赴任する際に見送りに来てくれた人へ贈った歌です。
作者は中納言行平。在原行平(ありわらのゆきひら)として知られる、平安時代の歌人、公家で在原業平の兄です。

17番歌

ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは

在原業平朝臣

【読み】
ちはやぶるかみよもきかずたつたがは からくれなゐにみづくくるとは
【意味】
不思議なことが多かった神代にも聞いたことがない。竜田川が真っ赤に括り染めになるなんて。
【解説】
”ちはやぶる”:神にかかる枕詞。
”神代”:神がおさめていた時代。
”竜田川”:現在の奈良県生駒郡にある川。
”からくれなゐ”:真紅。
”くくる”:括って染めるという意味。絞り染めにすること。
古今集の詞書に「二条の后の春宮の御息所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる」とあります。
つまりこの歌は屏風の絵を見て詠んだ歌。二条の妃(高子)とかつて恋愛関係にあった作者が、昔の恋を思い起こさせる為により大げさに詠んだと言われています。
作者は美男子として有名だった在原業平。六歌仙、三十六歌仙の一人で、伊勢物語は業平を主人公にしています。

18番歌

住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ

藤原敏行朝臣

【読み】
すみのえのきしによるなみよるさへや ゆめのかよひぢひとめよくらむ
【意味】
住の江の岸に波が寄るその夜でさえ、夢の通い路でも貴方は人目を避け逢ってくださらないのでしょうか。
【解説】
”住の江”:現在の大阪市、住吉の浦。
”よるさへや”:明るい昼だけでなく、人に見られる心配が無い夜でさえもという意味。
”夢の通い路”:夢の中で逢いにいく路のこと。
”人めよく”:人目をさける。
古今集の詞書に「寛平の御時きさいの宮の歌合の歌」とあり、宇多天皇の御代に皇后温子のもとで行われた歌合の際の歌です。
作者は藤原敏行朝臣。平安前期の歌人、書家、貴族で三十六歌仙の一人です。

19番歌

難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや

伊勢

【読み】
なにはがたみじかきあしのふしのまも あはでこのよをすぐしてよとや
【意味】
難波潟の蘆の短いふしの間のようなほんの少しの時間にも、遭わないでこの世を過ごせと、そうおっしゃるのですか。
【解説】
”難波潟”:大阪付近の海の古称。
”みじかき”:蘆ではなく、「ふしの間」にかかる。
”蘆の節の間”:蘆の節と節の間はつまっていて短いことから、時間の短さとかけている。
”あはで”:逢わないで。
”過してよとや”:「過してよ」で「過ごして欲しい」、「とや」は「とおっしゃるのですか。」との意味。
作者は伊勢。平安時代の女性歌人で、三十六歌仙の一人です。

20番歌

わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ

元良親王

【読み】
わびぬればいまはたおなじなにはなる みをつくしてもあはむとぞおもふ
【意味】
こうして思い悩んでいる今となっては同じこと、難波の澪標のように、この身をほろぼしても貴方に逢いたい。
【解説】
”わびぬれば”:「わび」は心に思い悩むこと。
”今はた同じ”:「はた」は「また」。
”難波なる”:難波にある。
”みをつくし”:船の道標として水中に立ててある澪標と、「身を尽くし」とかけてある。
後撰集の詞書に「事いできて後に京極の御息所につかはしける」とある歌です。
京極の御息所は藤原時平の娘褒子で、宇多天皇の妃。
二人の関係が露顕してしまい、遭うことが出来なくなった今となっては身を滅ぼしてでも逢いたいという強い気持ちを詠んだ歌です。
作者は元良親王。平安時代の歌人、皇族です。

21番歌

今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな

素性法師

【読み】
いまこむといひしばかりにながつきの ありあけのつきをまちいでつるかな
【意味】
貴方が「すぐに行く」と言ったから、九月の有明の月が出るまで待ってしまいました。
【解説】
”今来む”:すぐに行こう。
”有明の月”:夜が明けたのに空に残る月のこと。
”待ち出で”:待っているところへ出ること。
恋人が来るのを待つ女性の気持ちを詠んだ歌です。
作者は素性法師。三十六歌仙の一人です。

22番歌

吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ

文屋康秀

【読み】
ふくからにあきのくさきのしをるれば むべやまかぜをあらしといふらむ
【意味】
吹くとすぐに秋の草木がしおれてしまうので、なるほど山嵐をあらしと言うのだろう。
【解説】
”吹くからに”:吹くとすぐに。
”むべ”:なるほど。「うべ」とも言う。
”山嵐”:山から吹きおろす風のこと。
”あらし”:「嵐」と「荒し」を掛けている。
縦に「山嵐」と書くと「嵐」の字になる文字遊びが隠された歌です。
作者は文屋康秀(ふんやのやすひで)。平安初期の歌人で、六歌仙の一人です。

23番歌

月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど

大江千里

【読み】
つきみればちぢにものこそかなしけれ わがみひとつのあきにはあらねど
【意味】
月を見ると、色々な物事が悲しく感じられる。私一人だけに来た秋ではないのだけれど。
【解説】
”ちぢに”:色々に。様々に。
”ものこそ悲しけれ”:物事が悲しい。
作者は大江千里(おおえのちさと)。平安前期の歌人、貴族で、中古三十六歌仙の一人です。

24番歌

このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに

菅家

【読み】
このたびはぬさもとりあへずたむけやま もみぢのにしきかみのまにまに
【意味】
今回の旅は急なことでしたので幣の用意も出来ませんでした。手向山の紅葉を神のお心のままにお受け下さい。
【解説】
”このたびは”:「この度」と「この旅」を掛けている。
”ぬさ”:幣のこと。
”手向山”:奈良から吉野にいたる中間の峠を指しているとも言われている。
”神のまにまに”:神の御意のままに。
幣とは神に祈る際の捧げ物で、昔は旅に出る際に携帯して道中の道祖神に備えることで安全祈願をしていました。
作者の菅家とは菅原道真(すがわらのみちざね)のこと。大宰府で左遷されたエピソードで有名ですが、現在は学問の神様としても知られています。

25番歌

名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られで来るよしもがな

三条右大臣

【読み】
なにしおはばあふさかやまのさねかづら ひとにしられでくるよしもがな
【意味】
逢坂山のさねかずらが、逢って寝るという名を持っているならば、それは手繰れば来るように、人に知られないで貴方と遭う方法があれば良いのに。
【解説】
”名にし負はば”:名を持っているならば。
”逢坂山”:現在の京都と滋賀の境にある山。
”さねかづら”:モクレン科の常緑の蔓状をなす低木。
”しられで”:知られないで。
”来る”:かづらの縁語「繰る」と掛けている。
恋人にさねかずらを贈る際に添えた歌です。
作者は三条右大臣で、藤原定方(ふじわらのさだかた)として知られます。平安時代の歌人で、貴族です。

26番歌

小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ

貞信公

【読み】
をぐらやまみねのもみぢばこころあらば いまひとたびのみゆきまたなむ
【意味】
小倉山の峰のもみぢ葉よ、お前に心があるのなら、もう一度行幸があるからそれまで散らずに待っていて欲しい。
【解説】
”小倉山”:京都市の嵯峨にある山で、紅葉の名所として知られる。
”みゆき”:天皇の行幸のこと。
拾遣集雑秋に「亭子院の大井川に御幸ありて、行幸もありぬべき所なりと仰せ給ふに、このよし奏せむと申して」と詞書のある歌。
宇多上皇が大井川に御幸した際にその景色に感動し、「我が子(醍醐天皇)にも見せたいものだ」と仰せられたのを作者が耳にして作られた歌です。
作者は貞信公。藤原忠平(ふじわらのただひら)として知られます。

27番歌

みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ

中納言兼輔

【読み】
みかのはらわきてなかがるるいづみがは いつみきとてかこひしかるらむ
【意味】
みかの原を分けて湧き出てくる泉川の「いつみ」ではないが、いったいいつ見たというので、このように貴方が恋しいのだろうか。
【解説】
”みかの原”:現在の京都府相楽郡にあり、かつて恭仁京(くにのみやこ)があった。
”わきて”:「分きて」と「湧きて」を掛けている。
”いづみ川”:今の木津川。
わずかに遭った事のある人、もしくは遭ったことのない人を想って詠んだ歌と2通りの解釈がある歌です。
作者は中納言兼輔。藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)として知られる平安中期の歌人、公家で三十六歌仙の一人です。

28番歌

山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば

源宗于朝臣

【読み】
やまざとはふゆぞさびしさまさりける ひとめもくさもかれぬとおもへば
【意味】
山里は、冬の寂しさがまさって感じられる。人も来なくなり、草も枯れてしまうことを思うと。
【解説】
”山里は”:「は」は他との区別を示す助詞で、都とちがって山里はという意味。
”人目”:人の訪れ、出入り。
”かれぬ”:人目が離(か)れる、草が枯れるの二つの意味を兼ねている。
作者は源宗于朝臣。平安時代前期から中期の歌人、貴族で三十六歌仙の一人です。

29番歌

心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花

凡河内躬恒

【読み】
こころあてにおらばやおらむはつしもの おきまどはせるしらぎくのはな
【意味】
あてずっぽうに、折るなら折ってみようか。初霜があたり一面に置いて、見分けがつかなくなっている白菊の花を。
【解説】
”心あてに”:あて推量に。
”折らば”:もし折るならば折ってみようか。
”置きまどはせる”:置いてわからなくした。
白い菊の花が、真っ白な初霜で見分けがつかなくなっている様を詠んだ歌です。
作者は凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)。平安前期の歌人、官人で、三十六歌仙の一人です。

30番歌

有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし

壬生忠岑

【読み】
ありあけのつれなくみえしわかれより あかつきばかりうきものはなし
【意味】
有明の月が無情に見えたあの別れの時から、暁ほどつらく切ないものはありません。
【解説】
”有明の”:有明の月のこと。夜明けの空に残る月。
”つれなく”:無情に。
”暁”:夜明けの時。
”ばかり”:程度を示す副助詞。〜ぐらい。〜ほど。
”憂き”:つらい。
定家が「これほどの歌をよんだならば、この世の想い出にもなるであろう」と高く評価した歌。
作者は壬生忠岑(みぶのただみね)。平安前期の歌人で、三十六歌仙の一人です。

31番歌

朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪

坂上是則

【読み】
あさぼらけありあけのつきとみるまでに よしののさとにふれるしらゆき
【意味】
夜がほんのり明け初めるころ、有明の月の光かと思われるほどに吉野の里に降る雪よ。
【解説】
”朝ぼらけ”:ほんのりと夜が明けるころ。
”有明の月”:夜明けに空に残る月。
”までに”:「まで」は程度をあらわす助詞。「ほどに」という意味。
”吉野の里”:現在の奈良県吉野郡。
作者は坂上是則(さかのうえのこれのり)。平安前期から中期にかけての歌人、貴族で三十六歌仙の一人です。

32番歌

山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり

春道列樹

【読み】
やまがはにかぜのかけたるしがらみは ながれもあへぬもみぢなりけり
【意味】
山中を流る川に風のかけたしがらみがありますが、それは流れようとしても流れることの出来ない紅葉でありました。
【解説】
”山川”:山の中の川。
”しがらみ”:「柵」と書き、川の流れをせき止める為に杭を打ち並べ、木の枝や竹を絡ませたものを言う。
”流れもあへぬ”:流れることもできない。
川の流れから外れ、吹き寄せられる紅葉を、人間がかけた「しがらみ」とみて詠んだ歌です。
作者は春道列樹(はるみちのつらき)。平安前期の歌人、官人です。

33番歌

ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ

紀友則

【読み】
ひさかたのひかりのどけきはるのひに しづごころなくはなのちるらむ
【意味】
日の光がのどかな春の日に、どうして落ち着いた心もなく桜の花は散るのだろうか。
【解説】
”ひさかたの”:天、空にかかる枕詞。
”光のどけき”:陽の光がやわらかでうららかな様。
”しづ心”:しずかな心。落ち着いた心。
”花の散るらむ”:花はどうして散るのだろうか。上に「春の日に」のように逆接の助詞があると疑問の意味になる。
作者は紀友則(きのとものり)。平安前期の歌人、官人で、三十六歌仙の一人です。

34番歌

誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに

藤原興風

【読み】
たれをかもしるひとにせむたかさごの まつもむかしのともならなくに
【意味】
年老いた私はいったい誰を友にすれば良いのだろうか。あの高砂の松も昔からの友ではないのだから。
【解説】
”誰をかも”:「か」は疑問で、「も」は詠嘆の助詞。
”知る人”:友人。
”高砂の松”:現在の兵庫県高砂市の老松を指している。長寿の象徴。
”友ならなくに”:友ではないのに。
年をとり、昔からの友もこの世を去ってしまって一人残った寂しさを詠んだ歌です。
作者は藤原興風(ふじわらのおきかぜ)。平安時代の歌人、官人で、三十六歌仙の一人です。

35番歌

人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける

紀貫之

【読み】
ひとはいさこころもしらずふるさとは はなぞむかしのかににほひける
【意味】
人の心はわかりませんが、昔なじみの里の梅の花の香りだけは変わっておりません。
【解説】
”人は”:宿の主人を指している。
”いさ”:さあどうであろうか。
古今集の詞書に「初瀬に詣づる毎に宿りける人の家に、久しく宿らで、ほどへて後に至れりければ、かの家のあるじそこにたてりける梅の花を折りてよめる」とある歌。
宿の主人に「ずいぶんお見えになりませんでしたね」と皮肉を言われた時に答えた歌で、宿の主人との親しい間柄が伺えます。
作者は紀貫之(きのつらゆき)。平安前期の歌人、貴族で、三十六歌仙の一人です。古今集の撰者の一人で、土佐日記の作者としても有名です。

36番歌

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ

清原深養父

【読み】
なつのよはまだよひながらあけぬるを くものいづこにつきやどるらむ
【意味】
夏の夜は短く、まだ宵と思っているうちに明けてしまったけれど、沈む暇もない月はあの雲のどこかに宿るのだろうか。
【解説】
”宵ながら”:宵のまま。宵だと思っているのに。
”明けぬるを”:明けてしまうのに。
”月宿るらむ”:月は宿るのだろうか。
作者は清原深養父(きよはらのふかやぶ)。平安中期の歌人、貴族で、三十六歌仙の一人です。

37番歌

白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける

文屋朝康

【読み】
しらつゆにかぜのふきしくあきののは つらぬきとめぬたまぞちりける
【意味】
白露に風がしきりに吹きつける秋の野は、まるで緒でつなぎとめていない玉が散り乱れているようだ。
【解説】
”白露”:露のこと。
”吹きしく”:しきりに吹くこと。
”つらぬきとめぬ”:緒を通してつなぎとめていない。
”玉”:真珠のこと。
作者は文屋朝康(ふんやのあさやす)。平安前期の歌人、官人です。

38番歌

忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな

右近

【読み】
わすらるるみをばおもはずちかひてし ひとのいのちのをしくもあるかな
【意味】
貴方に忘れられる私のつらさは何とも思いません。ただ、神に誓った貴方の命が神罰により失われてしまうのではないかと、惜しく思われてなりません。
【解説】
”忘らるる”:貴方に忘れられる。
”身をば思はず”:私の身のことは少しも考えません。
”ちかひてし”:誓った。
”人”:貴方。
不誠実な男への皮肉の歌か、捨てられてもなお相手を想う女性の歌か、二通りの解釈がある歌です。
作者は右近(うこん)。平安中期の女流歌人です。

39番歌

浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき

参議等

【読み】
あさぢふのをののしのはらしのぶれど あまりてなどかひとのこひしき
【意味】
浅茅の生えた小野の篠原、その「しの」のように貴方への思いを忍びこらえているけれど、忍びきれない。どうしてこんなに恋しいのだろう。
【解説】
”浅茅生”:竹の低い茅萱が生えているところ。
”小野”:野のこと。
”篠原”:篠の生えている原。篠は短い竹。
”忍ぶれど”:我慢しているけれど。
”あまりて”:忍ぶにあまって。忍びきれずに。
”などか”:どうしてか。
”人”:貴方。
作者は参議等。源等(みなもとのひとし)として知られる。平安前期から中期にかけての公家。

40番歌

忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで

平兼盛

【読み】
しのぶれどいろにいでにけりわがこひは ものやおもふとひとのとふまて
【意味】
忍びこらえていたけれど、とうとうその素振りに出てしまった。何か物思いをしているのですかと人が尋ねる程に。
【解説】
”色”:顔色。素振り。
”ものや思ふと”:「何か物思いをしているのですか」と。
包み隠している恋心が、ついつい表に出てしまった様子を詠んだ歌です。
作者は平兼盛(たいらのかねもり)。平安中期の歌人、貴族で、三十六歌仙の一人です。

41番歌

恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか

壬生忠見

【読み】
こひすてふわがなはまだきたちにけり ひとしれずこそおもひそめしか
【意味】
私が恋をしているという評判は、早くも広まってしまった。誰にも知られないようにひそかに思いはじめたのだが。
【解説】
”恋すてふ”:恋をしているという。
”わが名”:わたしの評判。
”まだき”:早くも。
”立ちにけり”:広まってしまった。
”人知れずこそ”:他人に知られないように。
”思ひそめしか”:思い始めたのだけれど。
作者は壬生忠見(みぶのただみ)。平安中期の歌人で、三十六歌仙の一人です。

42番歌

契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは

清原元輔

【読み】
ちぎりきなかたみにそでをしぼりつつ すゑのまつやまなみこさじとは
【意味】
約束しましたね。互いに涙で濡れた袖を何度もしぼっては、あの末の松山を波が決して越さないように、二人の中も末永く変わるまいと。
【解説】
”契りきな”:約束しましたね。
”かたみに”:互いに。
”袖を絞りつつ”:涙で濡れた袖を絞りながら。
”末の松山”:現在の宮城県の海岸にあったという山。絶対に浪の越さない位置にあったので、比喩として使われた。
”浪こさじとは”:浪が超えないように絶対に変わりますまい。
作者は清原元輔(きよはらのもとすけ)。平安中期の歌人、貴族で、三十六歌仙の一人。清少納言の父です。

43番歌

逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり

権中納言敦忠

【読み】
あひみてののちのこころにくらぶれば むかしはものをおもはざりけり
【意味】
貴方と逢って愛しあった後の心に比べれば、それ以前の物思いなど無かったようなものだ。
【解説】
”逢ひ見て”:逢って契りを結んで。
”のちの心”:後の恋しくて切ない心。
”昔は”:逢う以前は。
恋が成就した後も、さらに思いが募っていく様子を詠んだ歌です。
作者は権中納言敦忠。藤原敦忠(ふじわらのあつただ)として知られる、平安中期の歌人、公家で、三十六歌仙の一人でもあります。

44番歌

逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし

中納言朝忠

【読み】
あふことのたえてしなくはなかなかに ひとをもみをもうらみざらまし
【意味】
もしも逢うことが全く無いのなら、かえってあの人のつれなさも我が身も恨まなくて済むのに。
【解説】
”逢ふことの”:逢って契りを交わすこと。
”絶えて”:まったく。絶対に。
”なかなかに”:かえって。
作者は中納言朝忠。藤原朝忠(ふじわらのあさただ)として知られる、平安中期の歌人、公家で三十六歌仙の一人です。

45番歌

あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたずらになりぬべきかな

謙徳公

【読み】
あはれともいふべきひとはおもほえで みのいたづらになりぬべきかな
【意味】
「かわいそうに」と言ってくれるはずの人も思い当たらないまま、私はこのままむなしく死んでしまうでしょう。
【解説】
”あはれとも”:かわいそうにとも。
”いふべき人”:言ってくれるはずの人。
”思ほえで”:思われないで。
”いたづらに”:むだ死にに。
”なりぬべき”:なってしまうでしょう。
拾遣集の詞書に「物いひ侍りける女の後につれなく侍りて更にあはず侍りければ」とある歌。
交際していた女性がいっこうに逢ってくれなくなったので贈った歌です。
作者は謙徳公。藤原伊尹(ふじわらのこれただ/これまさ)として知られる、平安中期の公卿です。

46番歌

由良の門を渡る舟人かぢを絶え ゆくへも知らぬ恋のみちかな

曾禰好忠

【読み】
ゆらのとをわたるふなびとかぢをたえ ゆくへもしらぬこひのみちかな
【意味】
由良の海峡を漕ぎ渡る船人が、櫂がなくなって行方もしらず漂うように、どうなるかわからない恋の道であることよ。
【解説】
”由良の門”:現在の京都府宮津市由良の由良川が若狭湾へ注ぐあたり。
”かぢ”:櫓(ろ)や櫂(かい)の総称。
”絶え”:無くす。
”ゆくへも知らぬ”:行く先も分からない。
櫂を失って漂う船と、自分の恋の成り行きとを重ねた歌です。
作者は曾禰好忠(そねのよしただ)。平安中期の歌人で、中古三十六歌仙の一人です。

47番歌

八重むぐら茂れる宿の寂しきに 人こそ見えね秋は来にけり

恵慶法師

【読み】
やへむぐらしげれるやどのさびしきに ひとこそみえねあきはきにけり
【意味】
幾重にも雑草の生い茂ったこの寂しい宿に、人は誰も訪ねては来ないが秋はやってきたのだ。
【解説】
”八重むぐら”:幾重にも茂った雑草。葎(むぐら)。
”寂しきに”:寂しいところに。
”人こそ見えね”:人は見えないが。
作者は恵慶法師。平安中期の歌人、僧で中古三十六歌仙の一人です。

48番歌

風をいたみ岩打つ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな

源重之

【読み】
かぜをいたみいはうつなみのおのれのみ くだけてものをおもふころかな
【意味】
風が烈しいので、岩に打ち寄せる波が自分だけ砕けて散るように、つれないあの人の為に私の心も砕ける程に思い悩むこの頃である。
【解説】
”風をいたみ”:風が強いために。
”おのれのみ”:自分だけが。
”くだけて”:千々にくだけて。
”ころかな”:この頃であるよ。
高波が岩に打ち寄せて白く砕け散る様を、自分の恋心に重ねて詠んだ歌です。
作者は源重之(みなもとのしげゆき)。平安中期の歌人、貴族で、三十六歌仙の一人です。

49番歌

御垣守衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ

大中臣能宣朝臣

【読み】
みかきもりゑじのたくひのよるはもえ ひるはきえつつものをこそおもへ
【意味】
宮中の御門を守る兵士の焚く火が夜は燃え、昼は消えているように、私も夜は恋しさに燃え、昼は身も消え入るばかりに恋の物思いに悩んでいるのです。
【解説】
”御垣守”:宮中の御門を守る人。
”衛士”:諸国の軍団から毎年交代で京都へ上り、衛門府に配属された兵士。
”たく火”:焚いている火のこと。火を焚いて門を守るのが衛士の職務だった。
”物をこそ思へ”:物を思う。
作者は大中臣能宣朝臣(おおなかとみのよしのぶ)。平安中期の歌人、貴族で、三十六歌仙の一人です。

50番歌

君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな

藤原義孝

【読み】
きみがためおしからざりしいのちさへ ながくもがなとおもひけるかな
【意味】
貴方に逢う為ならば惜しくないと思っていたこの命までもが、お逢いできた今となっては長くあって欲しいと思うようになりました。
【解説】
”君がため”:貴方に逢う為。
”長くもがな”:長く有って欲しい。
詞書に「女の許より帰りて遣はしける」とあり、意中の女性と逢った翌朝に贈る「後朝(きぬぎぬ)の歌」であることが分かります。
作者は藤原義孝(ふじわらのよしたか)。中古三十六歌仙の一人。この和歌を詠んだ後、21歳の若さでこの世を去っています。

51番歌

かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを

藤原実方朝臣

【読み】
かくとだにえやはいぶきのさしもぐさ さしもしらじなもゆるおもひを
【意味】
こんなにも貴方を思っていることを、口に出して言うことができるでしょうか。ましてや伊吹山のさしも草のように燃える様な思いを、貴方はご存じないでしょう。
【解説】
”かくとだに”:こんなであるとだけでも。
”えやはいぶきの”:「えやはいふ」の「言うことができようか」というものと伊吹山の「いふ」を掛けている。
”いぶきの”:伊吹山の。
”さしも草”:艾(もぐさ)のこと。「さし」は接頭語。
”さしも”:そうとも。
”知らじな”:知るまいな。
”もゆる思ひを”:燃える程の思いを。「もゆる」はさしも草の縁語。「ひ」には火を掛けている。
作者は藤原実方朝臣。平安中期の歌人、貴族で、中古三十六歌仙の一人です。

52番歌

明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな

藤原道信朝臣

【読み】
あけぬればくるるものとはしりながら なほうらめしきあさぼらけかな
【意味】
夜が明けたらいずれ日は暮れる、そしてまた逢う事が出来るとはわかっていますが、貴方と別れなければならない夜明けは恨めしい。
【解説】
”朝ぼらけ”:夜がほんのり明けはじめた頃。
後拾遣集の詞書に「女のもとより雪ふり侍りける日かへりてつかはしける」とある歌。
作者は藤原道信朝臣。平安中期の歌人、公家で中古三十六歌仙の一人です。

53番歌

嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る

右大将道綱母

【読み】
なげきつつひとりぬるよのあくるまは いかにひさしきものとかはしる
【意味】
貴方が居ないのを嘆きながら一人で寝る、夜が明けるまでの時間がどれほど長いものか、貴方はおわかりにならないでしょう。
【解説】
”嘆きつつ”:貴方がおいでにならないのを嘆きながら。
”ぬる”:寝る。
”明くるまは”:夜の明けるまでの間は。
”かは知る”:ご存じですか。
拾遣集の詞書に「入道摂政まかりたりけるに、門を遅くあけければ、立ちわづらひぬと言ひ入れて侍りければ」とある歌。
作者は右大将道綱母。藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)として知られる、平安中期の歌人です。蜻蛉日記の作者でもあります。

54番歌

忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな

儀同三司母

【読み】
わすれじのゆくすゑまではかたければ けふをかぎりのいのちともがな
【意味】
貴方は「決して忘れまい」とおっしゃいますが、いつまでも心変わりしないなどありえないでしょうから、お逢いできた今日を最後とする私の命であって欲しいのです。
【解説】
”忘れじ”:忘れまい。
”ゆく末”:将来。
”かたければ”:困難であるから。
”けふを限りの”:今日限りで。今日を最後の。
”命ともがな”:命となればよい。
新古今集の詞書に「中関白かよひそめ侍りけるころ」とある歌です。
作者は儀同三司母。高階貴子(たかしなのきし/たかこ)として知られる平安時代の女流歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

55番歌

滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ

大納言公任

【読み】
たきのおとはたえてひさしくなりぬれど なこそながれてなほきこえけれ
【意味】
滝の音は聞こえなくなってから長い年月が経ってしまったけれど、その名声は今でも世間に流れ伝わり聞こえてくる。
【解説】
”滝”:嵯峨の大覚寺にあったと言われる滝。嵯峨天皇が作ったと伝えられる。
”たえて”:絶えてから。水がなくなり、滝がなくなった。
”名こそ流れて”:評判が世間に流れ伝わって。「流れ」は滝の縁語。
”聞こえけれ”:聞こえている。
作者は大納言公任。藤原公任(ふじわらのきんとう)として知られる、平安中期の歌人、公卿です。

56番歌

あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな

和泉式部

【読み】
あらざらむこのよのほかのおもひでに いまひとたびのあふこともがな
【意味】
私はまもなく死んでしまうでしょうが、あの世への思い出として、せめてもう一度貴方にお逢いしとうございます。
【解説】
”あらざらむ”:死んでしまうであろう。
”この世のほか”:あの世。
”いまひとたびの”:もう一度。
”あふこともがな”:逢いたいものです。
後拾遣集の詞書に「ここち例ならず侍りけること、人のもとにつかはしける」とある歌。
病の床で、死ぬ前にもう一度愛する人に逢いたいという強い思いが込められた歌です。
作者は和泉式部(いずみしきぶ)。平安中期の女流歌人で、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

57番歌

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月影

紫式部

【読み】
めぐりあひてみしやそれともわかぬまに くもがくれにしよはのつきかげ
【意味】
久しぶりにめぐり逢い、見定めのつかないうちに雲間に隠れてしまった夜半の月のように、貴方はあわただしく姿を隠してしまい残念です。
【解説】
”めぐり逢ひて”:めぐり逢って。「月」は「めぐり」の縁語。
”見しやそれとも”:見たのがそれかとも。
”分かぬ”:別かぬ。
新古今集の詞書に「はやくより童友達に侍りける人の、年ごろ経てゆきあひたる、ほのかにて、七月十日のころ、月にきほひて帰り侍りければ」とある歌。
作者が幼なじみの友人との束の間の再会の名残惜しさを詠んだ歌です。
作者は紫式部(むらさきしきぶ)。平安中期の女流歌人、作家で中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。源氏物語の作者としても知られています。

58番歌

有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする

大弐三位

【読み】
ありまやまゐなのささはらかぜふけば いでそよひとをわすれやはする
【意味】
有馬山に近い猪名の篠原に風が吹きおろすとそよそよと音を立ててゆらぎます。さあ、そのことですよ、私はあなたのことをどうして忘れましょうか。決して忘れません。
【解説】
”有馬山”:現在の神戸市兵庫区有馬町付近。
”猪名”:有馬山の近くの地名。
”いでそよ”:さあそれですよ。
”人を”:貴方を。
”忘れやはする”:忘れようか。忘れはしない。
作者は大弐三位(だいにのさんみ)。平安中期の女流歌人で、女房三十六歌仙の一人です。また、母は紫式部です。

59番歌

やすらはで寝なましものをさ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな

赤染衛門

【読み】
やすらはでねなましものをさよふけて かたぶくまでのつきをみしかな
【意味】
ためらわずに寝てしまえばよかったのに貴方をお待ちして、夜明けが来て沈むまで月を見ておりました。
【解説】
”やすらはで”:躊躇せずに。ためらわずに。
”寝なましものを”:寝てしまえばよかったのに。
”さ夜”:夜に同じ。「さ」は接頭語。
”かたぶく”:かたむくの古形。
後拾遣集の詞書に「中の関白少将に侍りける時、はらからなる人にもの言ひわたり侍りけり、頼めて来ざりけるつとめて、女に代わりてよめる」とある歌。
作者は赤染衛門(あかぞめえもん)。平安中期の女流歌人で、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

60番歌

大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

小式部内侍

【読み】
おほえやまいくののみちのとほければ まだふみもみずあまのはしだて
【意味】
大江山や生野を超えて丹後へゆく道のりは遠いので、まだ天橋立の地を踏んだことはございませんし、丹後の母からの文もまだ届いておりません。
【解説】
”大江山”:山城国と丹波国の間にある山。
”いく野”:丹波国天田郡にある。「行く」という意味も掛かっている。
”まだふみも見ず”:天橋立の地へまだ訪れていないという意味と、手紙がまだ届いていないという二つの意味が掛かっている。
”天橋立”:丹後国にあり、日本三景の一つとしても有名。
金葉集の詞書に「和泉式部保昌に具して丹後国に侍りけるころ、都に歌合のありけるに、小式部内侍歌よみにとられて侍りけるを、中納言定頼局のかたにまうできて、歌はいかがせさせ給ふ、丹後へ人はつかはしてけむや、使まうでこずや、いかに心もとなくおぼすらむなどたはぶれて立ちけるをひきとどめてよめる」とある歌。
作者は小式部内侍(こしきぶのないし)。平安時代の女流歌人で、女房三十六歌仙の一人です。父は橘道貞、母は和泉式部です。

61番歌

いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな

伊勢大輔

【読み】
いにしへのならのみやこのやへざくら けふここのへににほひぬるかな
【意味】
昔栄えた奈良の都の八重桜が、今日はこの九重の宮中で色美しく咲き誇っております。
【解説】
”いにしへの”:昔の。昔栄えた。
”奈良の都”:かつて奈良に都が置かれていたことから。
”けふ”:「いにしへ」と対になっている。
”九重”:皇居のこと。
”にほひ”:「にほふ」は香りについてと、色について二通りの解釈があるが、ここでは色美しく咲いている意。
詞花集春の詞書に「一条院の御時、ならの八重桜を人の奉りけるを、其の折御前に侍りければ、その花を題にてよめとおほせごとありければ」とある歌。つまり、奈良から僧都が八重桜たてまつった時にその桜を取り入れるという大役を仰せつかった作者が即興で詠んだ歌で、この見事な歌によって作者は紀内侍、小式部内侍とともに三才女の一人とされるようになりました。
作者は伊勢大輔(いせのたいふ/いせのおおすけ)。平安中期の女流歌人で、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

62番歌

夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ

清少納言

【読み】
よをこめてとりのそらねははかるとも よにあふさかのせきはゆるさじ
【意味】
夜の明けぬうちに、鳥の鳴き声を真似て関守を騙して通ろうとしたとて、函谷官の関守ならいざしらず、私との逢坂の関を通る事は許しませんよ。
【解説】
”夜をこめて”:夜のあけないうちに。
”鳥のそらね”:鳥の鳴きまね。中国の孟嘗君が、鳥の鳴きまねが得意な食客の働きにより夜が明けないと人を通さない函谷関を通った故事による。
”よに”:けっして。下に打消の語を伴う。
”逢坂の関”:近江国と山城国との境にある逢坂山にあった関。男女の逢瀬に掛けられている。
後拾遣集の詞書に「大納言行成、物語などし侍りけるに、内の御物忌にこもればとていそぎ帰りて、つとめて、鳥の声にもよほされてといひおこせて侍りければ、夜深かけりける鳥の声は、函谷関のことにやといひ遣はしたりけるを、立ち帰り、是は逢坂の関に侍るとあればよみ侍りける」とある歌。
つまり、作者が藤原行成と夜更けまで話して、行成が宮中に参じた翌朝、後朝めかして「昨夜はあなたとの逢坂の関で」と言ってきたので詠んだ歌で、中国の故事を短い言葉に現している作者の博学さが伺える、男友達との戯れの歌です。
作者は清少納言(せいしょうなごん)。平安時代の女流作家、歌人で、枕草子の作者としても有名です。

63番歌

今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな

左京大夫道雅

【読み】
いまはただおもひたえなむとばかりを ひとづてならでいふよしもがな
【意味】
今となっては、ただもう諦めますという一言だけを、せめて人づてではなく、直接逢って言うすべがあって欲しいのです。
【解説】
”今は”:すべての望みが絶たれたいまとなっては。
”思ひ絶えなむ”:断念しよう。
”人づてならで”:人の伝言ではなく。直接。
”よし”:方法。
”もがな”:あってほしい。希望の助詞。
後拾遣集にの詞書に「伊勢の斎宮わたりよりまかりのぼりて侍りける人に忍びて通ひけることを、おほやけも聞こしめして、守り目など付けさせ給ひて、忍びにも通はずなりにければ、よみ侍りける」とある歌。
つまり、作者が三条院の皇女当子内親王と恋に落ち父院の怒りに触れ、一切逢うことが出来なくなった悲痛な思いを詠んだ歌です。
作者は左京大夫道雅。藤原道雅(ふじわらのみちまさ)として知られる平安中期の歌人、公家です。

64番歌

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木

権中納言定頼

【読み】
あさぼらけうぢのかはぎりたえだえに あらはれわたるせぜのあじろぎ
【意味】
夜が明けてくるころ、宇治川の川霧もところどころ途切れて、その間から瀬々に掛けられた網代木がだんだん現れてまいりました。
【解説】
”朝ぼらけ”:夜あけがた。
”宇治の川霧”:宇治川に立ち込める朝霧。
”たえだえに”:とぎれとぎれに。
”あらはれわたる”:一方からしだいに現れること。
”瀬々”:いくつもの浅瀬。
”網代木”:網代の杭木。杭を立てて木や竹を編みこんだものを渡して魚を獲る仕掛け。
作者は権中納言定頼。藤原定頼(ふじわらのさだより)は平安中期の歌人、公家で、中古三十六歌仙の一人です。

65番歌

恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

相模

【読み】
うらみわびほさぬそでだにあるものを こひにくちなむなこそをしけれ
【意味】
つれない人を恨み嘆いて、涙にぬれて乾くひまもなく袖が朽ちてしまいそうなのに、この恋のために浮き名が立って私の名が朽ちてしまうのも残念でなりません。
【解説】
”恨みわび”:さんざん恨んで、もう気力もない程。
”ほさぬ袖だに”:涙を乾かしきれぬ袖さえあるのに。
”あるものを”:あるのに。
”名こそ惜しけれ”:名が惜しい。
作者は相模(さがみ)。平安後期の女流歌人で、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

66番歌

もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし

前大僧正行尊

【読み】
もろともにあはれとおもへやまざくら はなよりほかにしるひともなし
【意味】
私が思うように、お前も私のことをしみじみとなつかしく思ってくれ、山桜よ。このような山奥では、桜の花より他に知る人も居ないのだ。
【解説】
”もろともに”:どちらもともに。
”あはれ”:色々な意味があるがここでは、しみじみとなつかしく思うこと。
作者は前大僧正行尊。平安後期の歌人で、天台宗の僧侶です。

67番歌

春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそをしけれ

周防内侍

【読み】
はるのよのゆめばかりなるたまくらに かひなくたたむなこそをしけれ
【意味】
春の夜の儚い夢のような戯れの手枕をして頂いた為に、つまらなく立つ浮き名が口惜しく思われます。
【解説】
”春の夜の”:季節が春であったのと、短い夜の意とを兼ねている。
”夢ばかりなる”:夢のような。
”手枕に”:手枕のために。
”かひなく”:なんのかいもなく。腕(かひな)とも掛けている。
”名”:浮き名。
”惜しけれ”:惜しい。
千載集の詞書に「二月ばかりの月のあかき夜、二条院にて、人々あまた居明して物語などし侍りけるに、内侍周防寄り臥して、枕もがなとしのびやかにいふを聞きて、大納言忠家、これを枕にとてかひなれば、よみ侍りける」とある歌。
作者は周防内侍(すおうのないし)。平仲子(たいらのちゅうし)として知られる平安後期の歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

68番歌

心にもあらで憂き世に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな

三条院

【読み】
こころにもあらでうきよにながらへば こひしかるべきよはのつきかな
【意味】
私の気持ちに反してつらいこの世に生きながらえるのであるならば、今宵の月はきっと恋しく思い出されるに違いない。
【解説】
”心にあらで”:自分の本心とは違って。
”憂き世”:つらいことの多い世。
”恋しかるべき”:きっと恋しいに違いない。
後拾遣集の詞書に「例ならずおはしまして、位など去らむとおぼしめしけるころ、月のあかかりけるを御覧じて」とある歌。
病気により皇位を去ることが決まり、宮中で月を見て詠じた歌です。
作者は三条院。第六十七代天皇で、冷泉天皇の第二皇子です。

69番歌

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり

能因法師

【読み】
あらしふくみむろのやまのもみぢばは たつたのかはのにしきなりけり
【意味】
烈しい嵐が吹き散らした三室山の紅葉は、やがて竜田川に流れ入って川面は錦のように美しいことよ。
【解説】
”三室の山”:大和国生駒郡の神南山のこと。
”竜田の川”:三室山を流れる川。
作者は能因法師。平安中期の歌人、僧侶で、中古三十六歌仙の一人です。

70番歌

寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮

良暹法師

【読み】
さびしさにやどをたちいでてながむれば いづくもおなじあきのゆふぐれ
【意味】
あまりの寂しさに耐えかねて庵を出てあたりを見渡すと、どこも同じように寂しい、秋の夕暮れである。
【解説】
”さびしさに”:さびしさの為に。
”宿”:庵。家のこと。
”立ち出でて”:出て。
作者は良暹法師。平安中期の歌人、僧です。

71番歌

夕されば門田の稲葉おとづれて 蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く

大納言経信

【読み】
ゆふさればかどたのいなばおとづれて あしのまろやにあきかぜぞふく
【意味】
夕方になると門前の田の稲葉をそよそよと音をさせて、蘆葺きの田舎家に秋風が吹いてくる。
【解説】
”夕されば”:夕方になると。
”門田”:門前の田。
”おとづれて”:音をさせてたずねてくること。
”蘆のまろや”:茅葺きの家。
作者は大納言経信。源経信(みなもとのつねのぶ)として知られる、平安後期の歌人、公家です。

72番歌

音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ

祐子内親王家紀伊

【読み】
おとにきくたかしのはまのあだなみは かけじやそでのぬれもこそすれ
【意味】
噂に名高い高師の浜の、いたずらに立つ浪のように浮気者で有名なあなたのお言葉は心にかけますまい。うっかり心にかけては、涙で袖を濡らすことにもなりましょうか。
【解説】
”音にきく”:噂に高い。
”高師の浜”:現在の堺市浜寺の海浜。「音にたかし」と掛けている。
”あだ浪”:いたずらによせる波。
”かけじや”:かけまいよ。波と浮気な男性の心を共に受ける。
”ぬれもこそすれ”:ぬれもしよう。
藤原俊忠の「人知れぬ思ひありその浦風に波のよるこそいはまほしけれ」という歌への返歌。
言い寄られ、表向きは高師の浦の風景を詠みながら、裏に男の誘いを拒絶する意味を込めた歌です。
作者は祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)。平安時代の女流歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

73番歌

高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ

前権中納言匡房

【読み】
たかさごのをのへのさくらさきにけり とやまのかすみたたずもあらなむ
【意味】
遥か遠くの高い山の峰の桜が咲いたなあ。里に近い山の霞はどうか立たないで欲しい。
【解説】
”高砂”:ここでは山を指す。
”尾上”:山の頂。
”さきにけり”:咲いたなあ。
”外山”:里に近い山。
”あらなむ”:あってほしい。
後拾遣集の詞書に「内大臣の家にて人々酒たうべて歌よみ侍りけるに、遥かに山桜を望むといふ心をよめる」とある歌です。
作者は前権中納言匡房。大江匡房(おおえのまさふさ)として知られる、平安後期の歌人、公卿、儒学者です。

74番歌

憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを

源俊頼朝臣

【読み】
うかりけるひとをはつせのやまおろしよ はげしかれとはいのらぬものを
【意味】
つれなかった人を、私になびかせてくださいと初瀬の観音に祈ったけれど、初瀬の山おろしよ、あの人のつれなさがお前のように激しくなるようにとは祈らなかったのに。
【解説】
”憂かりける”:私につれなかった。
”人を”:恋人を。
”初瀬”:現在の奈良県磯城郡初瀬。有名な長谷寺がある。
”山おろし”:山から吹きおろす激しい風。
”激しかれ”:はげしくあれの意。山おろしと恋人の態度に掛けている。
”祈らぬものを”:祈らないのに。
千載集の詞書に「権中納言俊忠の家に、恋十首の歌よみ侍りける時、祈れども逢はざる恋といへる心を」とある歌。
作者は源俊頼朝臣。平安後期の歌人、官人です。

75番歌

契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり

藤原基俊

【読み】
ちぎりおきしさせもがつゆをいのちにて あはれことしのあきもいぬめり
【意味】
お約束してくださいました「ただ私を頼みせよ、しめじが原のさせも草」という恵みの露のようなお言葉を唯一の頼みとして生きてまいりましたが、ああ、今年の秋もむなしく過ぎて行くようです。
【解説】
”契りおきし”:約束しておいた。
”させもが露”:さしも草云々という恵みの露のようなお言葉。
”あはれ”:ああ。感動詞。
”いぬめり”:いったらしい。
千載集の詞書に「律師光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、度々もれにければ、法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを、しめぢが原のと侍りけれども、またその年ももれにければ、よみてつかはしける」とある歌。
作者は藤原基俊(ふじわらのもととし)。平安後期の歌人、公家です。

76番歌

わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波

法性寺入道前関白太政大臣

【読み】
わたのはらこぎいでてみればひさかたの くもゐにまがふおきつしらなみ
【意味】
大海原に船を漕ぎ出してみると、雲と見まがうばかりの沖の白波である。
【解説】
”わたの原”:海原。
”ひさかたの”:「雲居」に掛かる枕詞。
”雲居”:空。ここでは雲のこと。
”まがふ”:見間違える。
”沖つ白波”:沖の白波。
作者は法性寺入道前関白太政大臣。藤原忠通(ふじわらのただみち)として知られる、平安後期の公卿です。

77番歌

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ

崇徳院

【読み】
せをはやみいわにせかるるたきがはの われてもすゑにあはむとぞおもふ
【意味】
川瀬の流れが早いので、岩にせき止められた急流が二つにわかれてもまた一つになるように、貴方と別れてもいつかはきっと逢おうと思う。
【解説】
”瀬をはやみ”:川瀬の流れが早い為に。「瀬」は川の流れが浅くて早いところ。
”せかるる”:堰きとめられる。
”滝川”:滝のように流れる川。
”われても”:わかれても。「別れて」と「分かれて」の二つの意味が掛かっている。
作者は崇徳院。父は鳥羽天皇、母は藤原璋子です。

78番歌

淡路島通ふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守

源兼昌

【読み】
あはぢしまかよふちどりのなくこゑに いくよねざめぬすまのせきもり
【意味】
淡路島から飛び通う千鳥の鳴く声に、いったいいく夜を覚ましたことだろう、須磨の関守は。
【解説】
”淡路島”:兵庫県須磨の西南にある島。明石海峡をへだてて須磨に対している。
”かよふ”:飛んでくる。
”ねざめぬ”:寝ざめたことであろう。
”須磨の関守”:摂津国と播磨国の境にあった関。この歌が作られた時代には既に古関であった。
作者は源兼昌(みなもとのかねまさ)。平安中期から後期にかけての歌人です。

79番歌

秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ

左京大夫顕輔

【読み】
あきかぜにたなびくくものたえまより もれいづるつきのかげのさやけさ
【意味】
秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ間からもれ出てくる月の光の、何と澄み切った明るさであることか。
【解説】
”秋風に”:秋風に吹かれて。
”たなびく”:横に長く引いている。
”絶え間”:切れ目。
”もれ出づる”:もれ出てくる。
”月の影”:月の光のこと。
”さやけさ”:澄んで明らかなさま。
作者は左京大夫顕輔。藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)として知られる、平安後期の歌人、公家です。

80番歌

ながからむ心も知らず黒髪の 乱れてけさはものをこそ思へ

待賢門院堀河

【読み】
ながからむこころもしらずくろかみの みだれてけさはものをこそおもへ
【意味】
貴方の愛情が長続きするかどうかわかりませんが、寝乱れたこの黒髪のように心も乱れている今朝は、物思いに沈んでおります。
【解説】
”長からむ心も知らず”:長く変わらない心か知らないけれど。
”黒髪の”:黒髪のごとく。
”乱れて”:心が乱れて。
”けさは”:恋人と共に過ごした翌朝。
作者は待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)。平安後期の歌人で、女房三十六歌仙、中古六歌仙の一人です。

81番歌

ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる

後徳大寺左大臣

【読み】
ほととぎすなきつるかたをながむれば ただありあけのつきぞのこれる
【意味】
ほととぎすが鳴いた方を眺めると、その姿は見えずにただ有明の月が残っている。
【解説】
”鳴きつる方”:鳴いた方。
”有明の月”:夜明けに残る月。
作者は後徳大寺左大臣。徳大寺実定(とくだいじさねさだ)として知られる、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人、公卿です。

82番歌

思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり

道因法師

【読み】
おもひわびさてもいのちはあるものを うきにたへぬはなみだなりけり
【意味】
つれない人を思い、悩み悲しんでもやはり命は長らえているのに、つらさに耐えきれずに流れ落ちるのは涙であった。
【解説】
”思ひわび”:思い嘆いて、気力を失った状態をいう。
”さても”:それでも。
”あるものを”:あるのに。
”涙なりけり”:涙であるよ。
作者は道因法師。藤原敦頼(ふじわらのあつより)として知られる、平安後期の歌人です。

83番歌

世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

皇太后宮大夫俊成

【読み】
よのなかよみちこそなけれおもひいる やまのおくにもしかぞなくなる
【意味】
世の中というものは逃れる道は無いものなのだ。深く思いこんで入ったこの山奥にも、鹿が悲しげに鳴いている。
【解説】
”道こそなけれ”:逃れる道はない。
”思ひ入る”:思いこんで入る。
作者は皇太后宮大夫俊成。藤原俊成(ふじわらのとしなり)として知られる、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての歌人、公家です。「千載和歌集」の撰者としても有名です。

84番歌

長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

藤原清輔朝臣

【読み】
ながらへばまたこのごろやしのばれむ うしとみしよぞいまはこひしき
【意味】
もし生き長らえたら、つらいことの多いこの頃も懐かしく思い出されるのだろうか。つらかった過去も今では恋しく思い出されるのだから。
【解説】
”長らへば”:生き長らえていたならば。
”しのばれむ”:なつかしく思い出されるであろう。
”憂しと見し世”:つらいと思っていた昔。
作者は藤原清輔朝臣。平安末期の歌人、公家です。

85番歌

夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり

俊恵法師

【読み】
よもすがらものおもふころはあけやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり
【意味】
一晩中つれない人を思って物思いをしているこの頃は、なかなか世が明けずに寝室の隙間までも無情に感じられる。
【解説】
”夜もすがら”:夜通し。
”物思ふころは”:物思いをしているこの頃は。
”明けやらで”:明けないで。
”ねや”:寝室。
”ひま”:隙間。
”さへ”:までが。
恋人のことで夜通し思い悩み、いっそのこと夜が明けて隙間から夜明けの光が差し込んで欲しいと詠んだ歌です。
作者は俊恵法師。平安末期の歌人、僧です。

86番歌

嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな

西行法師

【読み】
なげけとてつきやはものをおもはする かこちがほなるわがなみだかな
【意味】
嘆けといって月は私に物思いをさせるのであろうか。そんな訳もないのに、かこつげがましくこぼれる私の涙よ。
【解説】
”月やは物を思はする”:月が物を思わせるのか。いやそうではない。「やは」は反語。
”かこちがほ”:かこつけがましい様子。
千載集の詞書に「月前恋といへる心をよめる」とある歌。
作者は西行法師。平安後期の歌人、僧です。

87番歌

村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮

寂蓮法師

【読み】
むらさめのつゆもまだひぬまきのはに きりたちのぼるあきのゆふぐれ
【意味】
村雨がひとしきり降り過ぎ、その露もまだ乾ききっていないまきの葉のあたりに、霧が立ち上っている。そんな秋の夕暮れであるよ。
【解説】
”村雨”:にわか雨。
”まき”:檜や杉などの常緑の針葉樹の総称。
作者は寂蓮法師。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人、僧侶です。

88番歌

難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき

皇嘉門院別当

【読み】
なにはえのあしのかりねのひとよゆゑ みをつくしてやこひわたるべき
【意味】
難波の入江に生えている蘆の刈根の一節のように、一夜の契りのためにわが身をつくして、これからずっと貴方を恋い続けなければならないのでしょうか。
【解説】
”難波江”:難波の入江。
”かりね”:刈根と仮寝をかけている。
”ひとよゆゑ”:一節(ひとよ)と一夜をかけている。
”みをつくしてや”:「澪標」と「身を尽くし」をかけている。
”恋ひわかるべき”:恋いつづけなければならないのでしょうか。
作者は皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)。平安末期の女流歌人です。

89番歌

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする

式子内親王

【読み】
たまのをよたえなばたえねながらへば しのぶることのよはりもぞする
【意味】
私の命よ、絶えるならばいっそ絶えてしまってくれ。このまま生き長らえていると、耐え忍ぶ力が弱って人に知られてしまうから。
【解説】
”玉の緒”:命。
”絶えね”:絶えてしまえ。
”忍ぶること”:耐え忍ぶこと。
”弱りもぞする”:弱りもする。
作者は式子内親王。平安末期の皇女で、新三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

90番歌

見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず

殷富門院大輔

【読み】
みせばやなをじまのあまのそでだにも ぬれにぞぬれしいろはかはらず
【意味】
貴方にお見せしたいものですね、この血の涙のために色の変わった私の袖を。あの雄島の漁夫の袖でさえ、ひどくぬれはしましたが色は変わりませんでした。
【解説】
”見せばやな”:見せたいものですね。
”雄島のあま”:雄島の漁夫。
”袖だにも”:袖でさえも。
”ぬれにぞぬれし”:ぬれにぬれた。
”色は変はらず”:漁師の袖の色は変わらないという意。私の袖の色は血の涙のせいで赤く変わってしまったという意味も込める。
作者は殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)。平安末期の歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

91番歌

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む

後京極摂政前太政大臣

【読み】
きりぎりすなくやしもよのさむしろに ころもかたしきひとりかもねむ
【意味】
こおろぎの鳴く霜夜の寒い夜、閨のむしろに衣の片袖を敷いて、私は一人寂しく寝るのでしょうか。
【解説】
”きりぎりす”:こおろぎの古名。
”さむしろ”:敷物の「さ筵」と「寒し」を掛けている。
”衣かたしき”:衣の片袖を敷いて一人で寝ること。男女で寝るときは袖を敷きかわすことから。
”ひとりかもねむ”:ひとり寝ることかなあ。
作者は後京極摂政前太政大臣。九条良経(くじょうよしつね)として知られる、平安末期から鎌倉前期にかけての公卿です。

92番歌

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし

二条院讃岐

【読み】
わがそではしほひにみえぬおきのいしの ひとこそしらねかわくまもなし
【意味】
私の袖は引き潮の時にも見えない沖の石のように、人は知らないけれどもいつも涙にぬれて、乾くひまもないのでございます。
【解説】
”潮干”:引き潮の状態をいう。
”沖の石の”:沖の石のごとく。
”人こそ知らね”:人は知らないが。
作者は二条院讃岐(にじょういんのさぬき)。平安末期から鎌倉前期にかけての歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

93番歌

世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも

鎌倉右大臣

【読み】
よのなかはつねにもがもななぎさこぐ あまのをぶねのつなでかなしも
【意味】
世の中はいつまでも変わらずにあって欲しいものだ。渚を漕ぐ漁師の小舟が綱手に引かれている光景は、なんとも感慨深い。
【解説】
”常にもがな”:永久に変わらなければ良いなあ。
”渚”:水ぎわ。
”あまの小舟”:漁夫の小舟。
”綱手”:船を引く縄で、綱手縄ともいう。
”かなしも”:心が惹かれる。
作者は鎌倉右大臣。鎌倉幕府第三代征夷大将軍、源実朝(みなもとのさねとも)として知られています。暗殺によって28年の短い生涯を閉じています。

94番歌

み吉野の山の秋風さよ更けて ふるさと寒く衣打つなり

参議雅経

【読み】
みよしののやまのあきかぜさよふけて ふるさとさむくころもうつなり
【意味】
吉野の山から秋風が吹き、夜は更けて夜寒の古都吉野では、衣を打つ砧の音が寒々と聞こえてくることだ。
【解説】
”み吉野”:吉野のこと。「み」は美称の接頭語。
”さよふけて”:夜がふけて。
”ふるさと”:旧都。かつて吉野には天皇の離宮があったことから。
”衣打つ”:昔は布を柔らかくするために打っていたことから。
作者は参議雅経。飛鳥井雅経(あすかいまさつね)として知られる、平安末期から鎌倉前期にかけての歌人、公家です。

95番歌

おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣に墨染の袖

前大僧正慈円

【読み】
おほけなくうきよのたみにおほふかな わがたつそまにすみぞめのそで
【意味】
わが身に過ぎたことながら、このつらい世を生きる民の上に覆いかけることです。比叡山に住みはじめた私の、この墨染めの衣の袖を。
【解説】
”おほけなく”:身分不相応に。
”わが立つ杣”:比叡山の異名。
”墨染の袖”:墨色に染めた法衣の袖。
作者は前大僧正慈円。平安末期から鎌倉初期の天台宗の僧です。

96番歌

花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり

入道前太政大臣

【読み】
はなさそふあらしのにはのゆきならで ふりゆくものはわがみなりけり
【意味】
花を誘って散らす嵐の庭は、花が雪のように降るが、ふりゆくのはわが身なのだなあ。
【解説】
”花さそふ”:花をさそって散らす。
”雪ならで”:雪ではなくて。
”ふりゆくもの”:「降りゆく」と「旧りゆく(老いてゆく)」をかけている。
作者は入道前太政大臣。西園寺公経(さいおんじきんつね)として知られる、平安末期から鎌倉前期にかけての歌人、公卿です。

97番歌

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ

権中納言定家

【読み】
こぬひとをまつほのうらのゆふなぎに やくやもしほのみもこがれつつ
【意味】
来ない人を待つ、その松帆の浦の夕なぎの時に焼く藻塩のように、わが身は恋心に焦がれている。
【解説】
”まつほの浦”:淡路島の北端、明石海峡を隔てて明石と対する場所。
”夕なぎ”:夕凪。夕方、海の風も波もなくなること。
”藻塩”:海藻に海水をかけて、その海藻を焼いて水に溶かし、上澄みを煮詰めて作った塩のこと。
作者は権中納言定家。藤原定家(ふじわらのさだいえ/ていか)は、鎌倉時代初期の歌人、公家。小倉百人一首の撰者です。

98番歌

風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける

従二位家隆

【読み】
かぜそよぐならのをがはのゆふぐれは みそぎそなつのしるしなりける
【意味】
風が楢の葉をそよがせている、このならの小川の夕暮れはまるで秋のようで、ただ禊の行われていることだけが夏であることのしるしであるなあ。
【解説】
”風そよぐ”:風がそよそよと吹く。
”ならの小川”:京都市上賀茂神社の境内の御手洗川のこと。
”みそぎ”:川で身を清めること。ここでは夏越の祓(六月祓)の神事をさす。
作者は従二位家隆。藤原家隆(ふじわらのいえたか)として知られる鎌倉時代初期の歌人、公卿。「新古今和歌集」の撰者の一人です。

99番歌

人も愛し人も恨めしあぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は

後鳥羽院

【読み】
ひともをしひともうらめしあぢきなく よをおもふゆゑにものおもふみは
【意味】
人が愛おしくも、恨めしくも思う。面白くなくこの世を思うところから、さまざまな物思いをするこの私は。
【解説】
”人も愛し”:人を愛しく思う。
”あぢきなく”:おもしろくなく。
作者は後鳥羽院。第八二代の天皇です。

100番歌

百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり

順徳院

【読み】
ももしきやふるきのきばのしのぶにも なほあまりあるむかしなりけり
【意味】
宮中の古い軒端に忍ぶ草を見るにつけても、いくら忍んでも忍び尽くせないのは昔の御代であるなあ。
【解説】
”ももしきや”:宮中の。
”しのぶにも”:「忍ぶ草」と「忍ぶ」を掛けている。
”なほ”:やはり。まだ。
”昔”:昔の御代。宮廷の栄えた頃。
作者は順徳院。第八四代の天皇です。

4.百人一首で人気の歌ランキングベスト20

朝日新聞が2014年に行ったアンケートにより、百人一首で好きな歌ランキングが発表されました。
以下がそのランキングです。
回答者は1555人(男性56% 女性44%)。小倉百人一首の中で好きな歌、思い出深い歌を五つまで選択。

第一位 525票
田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

山辺赤人
第二位 462票
花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに

小野小町
第三位 397票
天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

安倍仲麿
第四位 387票
春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山

持統天皇
第五位 319票
ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ

紀友則
第六位 266票
ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは

在原業平朝臣
第七位 220票
忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで

平兼盛
第八位 183票
君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな

藤原義孝
第九位 172票
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ

崇徳院
第十位 165票
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき

猿丸大夫
第十一位 148票
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ

僧正遍昭
第十二位 143票
大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

小式部内侍
第十三位 142票
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇
第十四位 141票
これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関

蝉丸
第十五位 128票
いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな

伊勢大輔
第十六位 111票
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂
第十七位 108票
人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける

紀貫之
第十八位 106票
逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり

権中納言敦忠
第十九位 89票
村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮

寂蓮法師
第二十位 71票
朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪

坂上是則

5.百人一首の世界が体感出来る「時雨殿」へ行こう

百人一首の世界が体感出来る「時雨殿」
出展:時雨殿HP
時雨殿とは、京都の嵐山にある百人一首のミュージアム施設です。
2012年にリニューアルオープンし、1階の常設展示スペースでは、百人一首の世界を「見て」「感じて」「学ぶ」をテーマに貴重な資料や100体の歌仙人形、歌詠みのシーンを再現するジオラマなどを展示しています。

住所 〒616-8385 京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町11
電話 075-882-1111
開館時間 午前10時~午後5時(最終入館 午後4時30分)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌平日休館)、年末年始
入館料 高校生以上 500円 (20名以上団体 400円)
小中学生 300円 (20名以上団体 250円)
公式サイト https://www.shigureden.or.jp/

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