伊勢物語(いせものがたり)は平安時代の歌物語で、作者不詳の作品です。
百二十五段からなる短い歌物語で、庶民にも広く親しまれてきました。
今回は高校古典の教科書にも出てくる伊勢物語の有名な説話「東下り(あずまくだり)」について詳しく解説していきます。
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伊勢物語「東下り」の解説
伊勢物語(いせものがたり)でも有名な、東下り(あずまくだり)について解説していきます。
昔、ある男が、自分は必要ないと思い込み友人と東国へ旅に出た。
三河の国の八橋でカキツバタが美しく咲いているのを見て、男は妻を思う歌を詠んで皆その歌に涙した。
東下りの原文
①
昔、男ありけり。その男、身を要なきものに思ひなして、
「京にはあらじ、東の方に住むべき国求めに。(*1)」
とて行きけり。
もとより友とする人、一人二人して行きけり。
道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。
三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。
そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。
その沢のほとりの木の陰に下りゐて(*2)、乾飯(かれいひ)食ひけり。
その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。
それを見て、ある人のいはく、
「かきつばたといふ五文字(いつもじ)を、句の上(かみ)に据ゑて、旅の心を詠め。」
と言ひければ、詠める。
と詠めりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。
②
行き行きて駿河の国に至りぬ。
宇津の山に至りて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、蔦(つた)、楓(かへで)は茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者会ひたり。
「かかる道は、いかでかいまする。」
と言ふを見れば、見し人なりけり。
京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。
富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。
その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。
③
なほ行き行きて、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる川あり。
それをすみだ川といふ。
その川のほとりに群れゐて、
「思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかな。」
とわび合へるに、渡し守、
「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」
と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折しも、白き鳥の嘴(はし)と脚と赤き、鴫(しぎ)の大きさなる、水の上に遊びつつ魚(いを)を食ふ。
京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。
渡し守に問ひければ、
「これなむ都鳥」
と言ふを聞きて、
と詠めりければ、舟こぞりて泣きにけり。
東下りの現代語訳
①
昔、(ある)男がいた。
その男は、我が身を役に立たないものに思い込んで、
「京にはおるまい、東国の方に済むふさわしい国を探しに(行こう)。」
と思って出かけた。
以前から友とする一人二人とともに出かけた。
(一行の中に)道を知っている人もなくて、迷いながら行った。
三河の国、八橋という所に着いた。
そこを八橋といったのは、水の流れる川がクモの足のように八方に分かれているので、橋を八つ渡してあることによって、八橋といった。
その沢のほとりの木の陰に(馬から)下りて座って、乾飯を食べた。
その沢にかきつばたがたいそう趣深く咲いていた。
それを見て、ある人が言うには、
「かきつばたという五文字を(和歌の)各句の頭において、旅の思いを詠め。」
と言ったので、(その男が)読んだ(歌)。
と詠んだので、一行の人は皆、乾飯の上に涙を落として(乾飯が涙で)ふやけてしまった。
②
さらにどんどん行って駿河の国に着いた。
宇津の山に着いて、自分が分け入ろうとする道は、(木々が茂り)たいそう暗く(道も)細い上に、蔦・楓は茂り、なんとなく心細く、思いがけない(つらい)めを見ることだと思っていると、修行者が(やってきて一行に)出会った。
「このような道を、どうしていらっしゃるのですか。」
という人を見ると、見知った人であった。
京に、あの(恋しい)人の御もとにと言って、手紙を書いてことづける。
富士の山を見ると、五月の末頃に、雪がたいそう白く降り積もっている。
その(富士の)山は、ここ(都)でたとえるならば、比叡山を二十くらい重ね上げたような高さで、形は塩尻のようであった。
③
さらにどんどん行って、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう大きな川がある。
それをすみだ川という。
その川のほとりに(一行が)集まって座って、
「(都のことを)思いやると、限りなく遠くまで来てしまったものだなあ。」
と互いに嘆き合っていると、渡し守が、
「早く舟に乗れ。日も暮れてしまう。」
と言うので、乗って渡ろうとするが、一行の人は皆なんとなく心細くて、(というのも)京に(恋しく)思う人がいないわけでもない。
ちょうどそんな折、白い鳥でくちばしと脚とが赤い、鴫ほどの大きさである(鳥)が、水の上で遊びながら魚を食べている。
京では見かけない鳥なので、一行の人は誰も見知らない。
渡し守に尋ねたところ、
「これこそが都鳥(だよ)。」
と言うのを聞いて、
と詠んだので、舟に乗っている人は皆泣いてしまった。
東下りの単語・語句解説
①の単語・語句解説
思い込んで。
[求めに]
求めに(行こう)。下に「行かむ」が省略されている。
[もとより]
以前から。前々から。
[一人二人して]
一人二人とともに。「して」は動作を共にする人数・範囲などを表す格助詞。
[おもしろく咲きたり]
趣深く咲いていた。「おもしろし」で趣がある。風情がある。
[いはく]
「いふ」の未然形「いは」に接尾語「く」が付いて名詞化したもの。
[句の上(かみ)に据ゑて]
(和歌の)五七五七七の各句の初めに置いてという意味。
[詠める]
詠んだ(歌)。下に「歌」が省略されている。
[唐衣きつつ]
「なれ」を導き出す序詞。
[なれ]
「馴れ(親しくなる)」と「萎れ(着古してくたくたになる)」の掛詞。
[つま]
「妻」と「褄(着物の裾の両端)」の掛詞。
[き]
「来」と「着」の掛詞。
[ほとびにけり]
(涙で)ふやけてしまった。
②の単語・語句解説
たいそう暗く細い上に。「暗う」は「暗く」のウ音便。「に」は添加の意の格助詞。
[すずろなるめを]
思いがけないめを。
[修行者会ひたり]
修行者が(一行に)出会った。
[いかがでかいまする]
どうしていらっしゃるのですか。
[つごもり]
月の終わり。
[降るらむ]
降り積もっているのだろうか。
[ほどして]
高さで。
③の単語・語句解説
来てしまったものだなあ。
[わび合へるに]
互いに嘆き合っていると。
[日も暮れぬ]
日も暮れてしまう。「も」は強意の係助詞。
[なきにしもあらず]
ないわけでもない。「しも」は強意の副助詞。
[遊びつつ]
遊びながら。
[名にし負はば]
名にもっているのならば。
*東下りでテストによく出る問題
○問題:「京にはあらじ、東の方に住むべき国求めに。(*1)」とあるが、この時の男の心情を答えよ。
答え:失意のうちにあてのない旅に出る事を悲しんでいる。
○問題:「下りゐて(*2)」とは具体的にどうしたのか。
答え:馬から下りて座った。
○問題:歌の主題にあたる言葉を文中から抜き出せ。
答え:「旅の心」
○問題:歌に詠まれた心情を答えよ。
答え:
「唐衣…」の歌=都に残した妻への思いと旅の思い。
「駿河なる…」の歌=都の妻を思い、自分のことを忘れたのかと嘆く思い。
「時知らぬ…」の歌=五月の終わりというのに、雪が白く降り積もっている富士山への驚きと感動。
「名にし負はば…」の歌=都に残した妻への思いと望郷の思い。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は伊勢物語の「東下り(あずまくだり)」についてご紹介しました。
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