大鏡(おおかがみ)は平安時代後期に書かれた歴史物語で、鏡物と呼ばれる4つの歴史書”四鏡”の一つでもあります。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる大鏡の中から「弓争ひ」について詳しく解説していきます。
(教科書によっては「南院の競射」、「道長と伊周」、「競べ弓」、「道長と伊周の競射」という題名のものもあり。)
大鏡「弓争ひ」の解説
大鏡でも有名な、「弓争ひ」について解説していきます。
大鏡「弓争ひ」の原文
世間の光にておはします殿の、一年ばかり、ものを安からず思し召したりしよ。
いかに天道御覧じけむ。
さりながらも、いささか逼気し、御心やは倒させ給へりし。
朝廷ざまの公事・作法ばかりにはあるべきほどにふるまひ、時違ふことなく勤めさせ給ひて、内々には、所も置き聞こえさせ給はざりしぞかし。
帥殿の、南院にて人々集めて弓あそばししに、この殿(*1)わたらせ給へれば、
「思ひかけずあやし。」
と、中関白殿思し驚きて、いみじう饗応し申させ給うて、下臈におはしませど、前に立て奉りて、まづ射させ奉らせ、給ひけるに、帥殿の矢数いま二つ劣り給ひぬ。
中関白殿、また御前に候ふ人々も、
「いま二度延べさせ給へ。」
と申して、延べさせ給ひけるを、安からず思しなりて、
「さらば、延べさせ給へ。」
と仰せられて、また射させ給ふとて、仰せらるるやう、
「道長が家より帝・后立ち給ふべきものならば、この矢当たれ。」
と仰せられるるに、同じものを中心には当たるものかは。
次に、帥殿射給ふに、いみじう臆し給ひて、御手もわななく故にや、的のあたりにだに近く寄らず、無辺世界を射給へるに、関白殿、色青くなりぬ。
また、入道殿射給ふとて、
「摂政・関白すべきものならば、この矢当たれ。」
と仰せらるるに、初めの同じやうに、的の破るばかり、同じところに射させ給ひつ。
饗応し、もてはやし聞こえさせ給ひつる興もさめて、こと苦うなりぬ。
父大臣、帥殿に、
「何か射る。な射そ、な射そ。」
と制し給ひて、ことさめにけり。
今日に見ゆべきことならねど、人の御さまの、言ひ出で給ふことの趣より、かたへは臆せられ給ふなんめり。
大鏡「弓争ひ」の現代語訳
世間の光でいらっしゃる殿(藤原道長)が、一年ほど、(伊周に出世の後れをとり)心穏やかでなくお思いでいらっしゃったよ。
(このことを)どのように天帝はご覧になったことでしょう。
しかしながら、(道長は)少しでも卑屈になったり、がっかりなさったであろうか(、いや、そんなことはありませんでした)。
朝廷の公務や儀式だけには分相応にふるまい、時間を間違えることなくお勤めなさいましたが、私的生活の方では、全くご遠慮申し上げなさってはいませんでしたよ。
帥殿が、(父道隆の二条邸の)南院で人々を集めて弓の競射をなさった時に、この殿(=道長)がいらっしゃったので、
「意外なことで不思議だ。」
と、中関白殿は内心驚きなさって、たいそう(道長の)機嫌をとり申しあげなさって、(道長は伊周よりも)官位が低くていらっしゃったけれど、(道長を)前(の順番)にお立て申しあげて、先に射させ申しあげなさったところ、帥殿の当てた矢の数がもう二本(道長に)劣りなさった。
中関白殿も、またこの御前にお控えしている人々も、
「もう二回(勝負を)延長なさいませ。」
と申しあげて、延長なさったのを、(道長が)穏やかでなくお思いになって、
「それならば、延長なさいませ。」
とおっしゃって、また矢を射なさる時に、おっしゃるのには、
「(私)道長の家から天皇や皇后(中宮)がお立ちになるはずのものならば、この矢よ当たれ。」
とおっしゃっ(て矢を射られ)たところ、同じ当たるといっても的の真ん中に当たったではありませんか。
次に、帥殿が射なさったところ、たいそう気後れなさって、お手も震えるためであろうか、的の辺りにさえ近寄らず、でたらめな方向を射なさったので、関白殿は、顔色が真っ青になってしまった。
再び、入道殿が射なさるといって、
「(私が将来)摂政・関白になるはずのものならば、この矢よ当たれ。」
とおっしゃっ(て矢を射られ)たところ、初めと同じように、的が破れるほど、同じところに射当てなさいました。
機嫌をとり、もてなし申しあげなさった興も冷めて、気まずくなってしまった。
次の大臣は、帥殿に、
「どうして射るのか。射るな、射るな。」
とお止めなさって、白けてしまった。
(おっしゃったことが)今日すぐに実現するわけではありませんが、人(=道長)のご様子や、おっしゃったことの内容から、そばにいる人は自然と気後れなさったのであるようだ。
大鏡「弓争ひ」の単語・語句解説
〜でいらっしゃる。(尊敬の補助動詞)
[いかに]
どのように。
[さりながら]
しかしながら。
[いささか]
少し。わずか。
[弓あそばししに]
弓の競射をなさった時に。
[渡らせ給へれば]
いらっしゃったので。
[思し驚きて]
内心驚きなさって。
[饗応し申させ給うて]
機嫌をおとり申しあげなさって。
[安からず思しなりて]
不愉快にお思いになって。
[帝・后立ち給ふべきものならば]
帝が皇后がお立ちになるはずであるならば。
[同じものを中心には当たるものかは]
同じ当たると言っても、なんと的の真ん中に当たったではないか。
[臆し給ひて]
気後れなさって。
[わななく故にや]
震えるためであろうか。
[もてはやし聞こえさせ給ひるつ]
もてなし申しあげなさった。
[こと苦うなりぬ]
気まずくなった。
[何か射る]
どうして射るのか(、射る必要はない)。
[な射そ]
射るな。
[かたへは]
そばにいる人は。
*「弓争ひ」でテストによく出る問題
○問題:「この殿(*1)」とは誰のことを指しているか。
答え:藤原道長。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は大鏡でも有名な、「弓争ひ」についてご紹介しました。
(教科書によっては「南院の競射」、「道長と伊周」、「競べ弓」、「道長と伊周の競射」という題名のものもあり。)
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