大鏡(おおかがみ)は平安時代後期に書かれた作者不明の歴史物語です。
序・帝紀(本紀)・大臣列伝・藤原氏物語・雑々物語(昔物語)の五部から構成されています。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる大鏡の中から「肝試し(きもだめし)」について詳しく解説していきます。
(「道長の豪胆」という題名にする教科書もあります)
大鏡「肝試し」の解説
大鏡でも有名な、「肝試し」について解説していきます。
大鏡「肝試し」の原文
さるべき人は、とうより御心魂のたけく、御まもりもこはきなめりとおぼえ侍るは。
花山院の御時に、五月下つ闇に、五月雨も過ぎて、いとおどろおどろしくかき垂れ雨の降る夜、帝、さうざうしとや思し召しけむ、殿上に出でさせおはしまして遊びおはしましけるに、人々、物語申しなどし給うて、昔恐ろしかりけることどもなどに申しなり給へるに、
「今宵こそいとむつかしげなる夜なめれ。かく人がちなるだに、気色おぼゆ。まして、もの離れたる所などいかならむ。さあらむ所に、一人往なむや。」
と仰せられけるに、
「えまからじ。」
とのみ申し給ひけるを、入道殿は、
「いづくなりとも、まかりなむ。」
と申し給ひければ、さるところおはします帝にて、
「いと興あることなり。さらば行け。道隆は豊楽院、道兼は仁寿殿の塗籠、道長は大極殿へ行け。」
と仰せられければ、よその君達は、便なきことをも奏してけるかなと思ふ。
また、承らせ給へる殿ばらは、御気色変はりて、益なしと思したるに、入道殿は、つゆさる御気色もなくて、
「私の従者をば具し候はじ。この陣の吉上まれ、滝口まれ、一人を『昭慶門まで送れ。』と仰せ言賜べ。それより内には一人入り侍らむ。」
と申し給へば、
「証なきこと。」
と仰せらるるに、
「げに。」
とて、御手箱に置かせ給へる小刀申して立ち給ひぬ。
いま二所も、苦む苦むおのおのおはさうじぬ。
「子四つ。」
と奏して、かく仰せられ議するほどに、丑にもなりにけむ。
「道隆は右衛門の陣より出でよ。道長は承明門より出でよ。」
と、それをさへ(*1)分かたせ給へば、しかおはしましあへるに、中関白殿、陣まで念じておはしましたるに、宴の松原のほどに、そのものともなき声どもの聞こゆるに、術なくて帰り給ふ。
粟田殿は、露台の外まで、わななくわななくおはしたるに、仁寿殿の東面の砌のほどに、軒とひとしき人のあるやうに見え給ひければ、ものもおぼえで、
「身の候はばこそ、仰せ言も承らめ。」
とて、おのおの立ち帰り参り給へれば、御扇をたたきて笑はせ給ふに、入道殿は、いと久しく見えさせ給はぬを、いかがと思し召すほどにぞ、いとさりげなく、ことにもあらずげにて、参らせ給へる。
「いかにいかに。」
と問はせ給へば、いとのどやかに、御刀に、削られたる物を取り具して奉らせ給ふに、
「こは何ぞ。」
と仰せらるれば、
「ただにて帰り参りて侍らむは、証候ふまじきにより、高御座の南面の柱のもとを削りて候ふなり。」
と、つれなく申し給ふに、いとあさましく思し召さる。
異殿たち(*2)の御気色は、いかにもなほ直らで、この殿のかくて参り給へるを、帝よりはじめ感じののしられ給へど、うらやましきにや、またいかなるにか、ものも言はでぞ候ひ給ひける。
なほ疑はしく思し召されければ、つとめて、
「蔵人して、削り屑をつがはしてみよ。」
と仰せ言ありければ、持て行きて押しつけて見たうびけるに、つゆ違はざりけり。
その削り跡は、いとけざやかにて侍めり。
末の世にも、見る人はなほあさましきことにぞ申ししかし。
大鏡「肝試し」の現代語訳
(道長のように)後年偉くなるはずの人は、若い頃から胆力が強く、(神仏の)ご加護も堅固でしっかりしているようだと思われますよ。
花山院がご在位の時に、五月下旬の闇夜に、五月雨(の時期)も過ぎて、たいそう不気味にざあざあと激しく雨が降る夜、帝は、もの寂しいとお思いになったのだろうか、清涼殿の殿上の間にお出ましになって、管弦の遊びなどなさっていたところ、人々が、世間話を申しあげなどなさって、昔恐ろしかったことなどを申しあげるようにおなりになったところ、
(帝は)「今夜はひどく気味の悪い夜のようだ。このように人が多くいてさえ、不気味な感じがする。まして、(人けのない)遠く離れた所などはどうであろうか。そんな所に一人で行けるだろうか。」
とおっしゃったところ、
(みんなは)「とても参れないでしょう。」
とばかり申しあげなさったのに、入道殿(=道長)は、
「どこへなりとも参りましょう。」
と申しあげなさったので、そのような(ことをおもしろがる)ところのおありになる帝で、
「たいそうおもしろいことだ。それならば行け。道隆は豊楽院、道兼は仁寿殿の塗籠、道長は大極殿へ行け。」
とおっしゃいましたので、(命じられた三人以外の)他の君達は、(入道殿は)都合の悪いことを申しあげたものだなあと思う。
また、(帝のご命令を)お受けになられた(道隆・道兼の)殿たちは、お顔の色も変わって、困ったことだとお思いになっているのに、入道殿は、少しもそんなご様子もなくて、
「私の従者は連れて参りますまい。この近衛の陣の吉上でも、滝口の武士でも、一人を(召して)『昭慶門まで送れ。』とご命令をお下しください。そこから内には一人で入りましょう。」
と申しあげなさると、
「(一人では大極殿まで行ったかどうか)証拠のないことだ。」
とおっしゃいますので、
(入道殿は)「なるほど。」
と言って、(帝が)お手箱に置いていらっしゃる小刀をもらい受けて(座を)お立ちになった。
もうお二人も、しぶしぶそれぞれがお出かけになった。
(宿直の役人が)「子四つ。」
と申しあげ(る声を聞い)て、このようにおっしゃって相談するうちに、丑の刻にもなっていたであろう。
(帝は)「道隆は右衛門の陣から出よ。道長は承明門から出よ。」
と、それ(=出る門)までもお分けなさったので、その(帝の勅命の)ようにお出かけになったが、中関白殿は、(右衛門の)陣までは我慢していらっしゃったが、宴の松原の辺りで、なんとも得体の知れない声々が聞こえるので、どうしようもなくてお帰りになる。
粟田殿は、露台の外まで、ぶるぶる震えながらいらっしゃったが、仁寿殿の東側の敷石の辺りに、軒(の高さ)と同じくらいの人がいるようにお見えになったので、正気を失って、
「わが身が(無事で)ありますればこそ、(はじめて帝の)ご命令もお受けできるだろう。」
と思って、それぞれ引き返して参上なさったので、(帝は)御扇をたたいてお笑いになりますが、入道殿はたいそう長い間お見えにならないので、どうしたのかとお思いになるうちに、本当に何気なく、なんでもない様子で参上なさいました。
(帝が)「どうしたどうした。」
とお尋ねなさると、(入道殿は)たいそう落ち着いて、御刀に、(刀で)削り取られたものを取り添えて(帝に)差しあげなさるので、
(帝は)「これは何か。」
とおっしゃると、
(入道殿は)「何も持たないで帰って参りましたならば、証拠がございません(と思った)ので、高御座の南側の柱の下(の所)を削ってきました。」
と、平然と申しあげなさるので、(帝は)たいそう驚きあきれたこととお思いになる。
他の(お二方の)殿のお顔の色は、どうしてもやはり直らないで、この(入道)殿がこのように(帰って)参られたのを、帝をはじめとして(皆は)思わず感心して褒めたたえなさったけれど、(中関白殿と粟田殿は)うらやましいのだろうか、それともどういうわけだろうか、ものも言わないでお控えになっていらっしゃいました。
(帝は)それでも、疑わしくお思いになられたので、翌朝、
「蔵人に命じて、削り屑を(もとの所に)あてがってみよ。」
とご命令があったので、(蔵人が)持って言って押しつけてご覧になったところ、少しも違わなかった。
その削り跡は、たいそうはっきりと残っているようです。
のちの世にも、(それを)見る人はやはり驚きあきれることと申しましたよ。
大鏡「肝試し」の単語・語句解説
堅固でしっかりしているようだ。
[さうざうしとや]
もの寂しいと。
[出でさせおはしまして]
お出ましになって。
[申しなり給へるに]
申しあげるようにおなりになったところ。
[むつかしげなる夜なめれ]
気味の悪い夜であるようだ。
[人がちなるだに]
人が多くいてさえ。
[えまからじ]
とても参れないでしょう。
[便なきことをも]
都合の悪いことを。
[承らせ給へる殿ばらは]
お受けになられた殿方たちは。
[益なしと思したるに]
困ったことだとお思いになっているのに。
[つゆさる御気色もなくて]
少しもそんなご様子もなくて。
[仰せ言賜べ]
ご命令をお下しください。
[苦む苦む]
しぶしぶ。いやいやながら。
[おはさうじぬ]
お出かけになった。
[しかおはしましあへるに]
そのようにお出かけになったところ。
[そのものともなき声ども]
なんとも得体の知れない声々。
[術なくて]
どうしようもなくて。
[ものもおぼえで]
正気を失って。
[いとのどやかに]
たいそう落ち着いて。
[取り具して奉らせ給ふに]
取り添えて差し上げなさるので。
[いかにもなほ直らで]
どうしてもやはり直らないで。
[感じののしられ給へど]
感心して褒めたたえなさったけれど。
[見たうびけるに]
ご覧になったところ。
[けざやかにて侍めり]
はっきりと残っているようです。
*大鏡「肝試し」でテストによく出る問題
○問題:「それをさへ(*1)」とはどういうことか。
答え:行先ばかりか内裏を出る門までも、ということ。
○問題:「異殿たち(*2)」とは誰をさしているか。
答え:中関白殿と栗田殿。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は大鏡(おおかがみ)でも有名な、「肝試し(きもだめし)・道長の豪胆」についてご紹介しました。
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