枕草子(まくらのそうし)は1001年(長保3年)頃に書かれた随筆で、作者は清少納言です。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる枕草子の中から「頭の弁の、職に参り給ひて」について詳しく解説していきます。
枕草子「頭の弁の、職に参り給ひて」の解説
枕草子でも有名な、「頭の弁の、職に参り給ひて」について解説していきます。
枕草子「頭の弁の、職に参り給ひて」の原文
頭の弁の、職に参り給ひて、物語などし給ひしに、
「夜いたう更けぬ。明日の御物忌みなるに、籠るべければ、丑になりなば悪しかりなむ。」
と参り給ひぬ。
つとめて、蔵人所の紙屋紙ひき重ねて、
「今日は残り多かる心地なむする。夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏の声に催されてなむ。」
と、いみじう言多く書き給へる、いと、めでたし。
御返りに、
「いと夜深く侍りける鳥の声は、孟嘗君のにや。」
と聞こえたれば、たちかへり
「孟嘗君の鶏は、函谷関を開きて、三千の客わづかに去れり、とあれども、これは逢坂の関なり。」
とあれば、
心かしこき関守侍り。」
と聞こゆ。
またたちかへり、
とありし文どもを、初めの(*)は僧都の君、いみじう額をさへつきて、取り給ひてき。
後々のは、御前に。
さて、逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。
いとわろし。
さて、
「その文は殿上人みな見てしは。」
とのたまへば、
「まことに思しけりと、これにこそ知られぬれ。めでたきことなど、人の言ひ伝へぬは、かひなきわぞかし。
また見苦しきこと散るがわびしければ、御文は、いみじう隠して人につゆ見せ侍らず。御心ざしのほどを比ぶるに、等しくこそは。」
と言へば、
「かくものを思ひ知りて言ふが、なほ人には似ずおぼゆる。『思ひぐまなく悪しうしたり。』など、例の女のやうにや言はむとこそ思ひつれ。」
など言ひて笑ひ給ふ。
「こはなどて。喜びをこそ聞こえめ。」
など言ふ。
「まろが文を隠し給ひける、また、なほあはれにうれしきとなりかし。いかに心憂くつらからまし。いまよりも、さを頼み聞こえむ。」
などのたまひて、後に経房の中将おはして、
「頭の弁は、いみじうほめ給ふとはしりたりや。一日の文にありしことなど語り給ふ。思ふ人の人にほめらるるは、いみじううれしき。」
など、まめまめしうのたまふもをかし。
「うれしきこと二つにて、かのほめ給ふなるに、また思ふ人のうちに侍りけるをなむ。」
と言へば、
「それめづらしう、今のことのやうにも喜び給ふかな。」
などのたまふ。
枕草子「頭の弁の、職に参り給ひて」の現代語訳
頭の弁が、中宮様の居る部屋に参上なさって、(私と)話などしていらっしゃった時に、
「世がすっかり更けてしまった。明日は天皇の物忌みなので、籠もらなければならないから、丑の刻になってしまったならば不都合でしょう。」
とっおっしゃって参内なさった。
その翌朝、蔵人の詰所の紙屋紙を折り重ねて、
「今日は名残惜しい気がすることです。夜を徹して、昔話をも申しあげて夜を明かそうとしたのに、鶏の声に(ひどく)せき立てられて。」
と、たいそう言葉を尽くしてお書きになっているのは、たいそう見事(な筆跡)だ。
お返事として、
「ずいぶん夜更けでございました。(=夜更けに鳴きました)鳥の声は、孟嘗君の(食客が鳴きまねをしたというにせの鶏の)ことでしょうか。」
と申し上げたところ、折り返し、
「孟嘗君の鶏は、(その鳴き声で)函谷関を開いて、三千人の食客が、かろうじて逃げ去った、と(書物に)あるけれど、これは(男女が違う)逢坂の関です。」
と(お返事が)あったので、
と申しあげる。
(すると)また、折り返し、
と書いてあった(それらの)手紙を、初めの(手紙)は僧都の君(=隆円僧都)が、たいそう額までもついて(拝みまでして)、取っていらっしゃった。
後の(手紙)は、中宮様に(差しあげた)。
ところで、逢坂の歌は(頭の弁に)圧倒されて、(私は)返歌もできなくなってしまった。
全く不都合なことだ。
ところで、(頭の弁が)
「その(あなたの)お手紙は殿上人がみんな見てしまったよ。」
「(あなたが私を)本当に思ってくださっていたのだなぁと、これによって自然とわかりました。すばらしいことなど、人が言い伝えてくれないのは、かいのないことですものね。
(私は)また見苦しい歌が世間に広まるのがつらいので、(あなたの)お手紙は、厳重に隠して人には少しも見せておりません。(私の気配りと、あなたの)ご配慮の程度を比べると、(することは逆でも)同じは(ございましょう)。」
と言うと、(頭の弁は)
「このようによくものをわきまえ知って言うのが、なんといってもやはり(他の)ひととは違っていると思われる。『思いやりがなく悪く取り計らって(人に見せて)しまった』などと、普通の女のように言うだろうかと思った。」
などと言ってお笑いになる。
(私は)「これはどうしてでしょうか。お礼を申しあげましょう。」
などと言う。
(頭の弁は)「私の手紙をお隠しになったことは、これもまた、やはりしみじみとうれしいことですよ。(もし人に見られたら)どんなに不快で嫌なことでしょう。これからも、そうお願い申しあげよう。」
などとおっしゃって、(その)後に、経房の中将がおいでになって、
「頭の弁は、(あなたのことを)たいそう褒めていらっしゃるとは知っているか。先日の(私への)手紙に(この間)あったことなどを述べていらっしゃる。(自分の)恋人が(他の)人から褒められるのは、とてもうれしいものですよ。」
などと、生真面目におっしゃるのもおもしろい。
(わたしが「うれしいことが二つで、あの(頭の弁が)褒めてくださるというその上に、さらに(あなたの)恋人の中に(私が)おりましたことを(お聞きしまして)。」
と言うと、(中将は)
「それ(=私があなたのことを恋人だと言ったこと)を目新しい、初めてのことのようにお喜びなさるのですね。」
などとおっしゃる。
枕草子「頭の弁の、職に参り給ひて」の単語・語句解説
「いたう」は「いたく」のウ音便。
[いみじう言多く]
たいそう言葉を尽くして。
[夜深く]
夜更けに。夜明けまでまだ間のあるくらい頃を指す。
[孟嘗君のにや]
下に「あらむ」などが省略されている。
[たちかへり]
ここでは、折り返し、すぐに、の意。
[わづかに去れり]
かろうじて逃げ去った。
[そら音]
ここでは、鳴きまね、の意。
[はかるとも]
だまそうとしても。
[世に逢坂の関は許さじ]
逢坂の関は決して許さないでしょう。
[心かしこき関守]
利口な関守。「関守」は筆者本人を表す。
[額をさへつきて]
行成は三蹟(平安時代の三人の能書家)の一人。
[さて]
ここでは、ところで、それはそれで、の意。
[みな見てしは]
みんな見てしまったよ。
[これ]
殿上人たちに清少納言の手紙を見せたことを指す。
[散るがわびしければ]
世間に広まるのがつらいので。
[つゆ見せ侍らず]
少しも見せておりません。
[御心ざし]
ご配慮。筆者の歌を殿上人に見せた頭の弁の配慮。
[等しくこそは]
下に「侍らめ」などが省略されている。
[なほ人には似ずおぼゆる]
清少納言の受け答えが、人と違って機知に富んでいることを言う。
[こはなどて]
これはどうしてでしょうか。
[さを頼み聞こえむ]
そうお願い申しあげよう。
[まめまめしう]
「まめまめしく」のウ音便
*枕草子「頭の弁の、職に参り給ひて」でテストによく出る問題
○問題:「初めの(*)」とは何のことか。
答え:頭の弁が最初に寄越した手紙のこと。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は枕草子でも有名な、「頭の弁の、職に参り給ひて」についてご紹介しました。
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