枕草子(まくらのそうし)は清少納言が書いた随筆で、1001年(長保3年)頃に書かれました。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる枕草子の中から「殿などのおはしまさでのち」について詳しく解説していきます。
枕草子「殿などのおはしまさでのち」の解説
枕草子でも有名な、「殿などのおはしまさでのち」について解説していきます。
枕草子「殿などのおはしまさでのち」の原文
殿などのおはしまさでのち、世の中に事出で来、騒がしうなりて、宮も参らせ給はず、小二条殿といふ所におはしますに、何ともなく、うたてありしかば、久しう里に居たり。
御前渡りのおぼつかなきにこそ、なほ、え絶えてあるまじかりける。
右中将おはして物語し給ふ。
「今日宮に参りたりつれば、いみじうものこそあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣、折にあひ、たゆまで候ふかな。
御簾のそばの開きたりつるより見入れつれば、八、九人ばかり、朽ち葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑、萩など、をかしうて居並みたりつるかな。
御前の草のいとしげきを、『などか、かき払はせてこそ。』と言ひつれば、『ことさら露置かせて御覧ずとて。』と宰相の君の声にて答へつるが、をかしうもおぼえつるかな。
『御里居いと心憂し。かかる所に住ませ給はむほどは、いみじきことありとも、必ず候ふべきものに思し召されたるに、かひなく。』と、あまた言ひつる(*)、語り聞かせ奉れとなめりかし。
参りてみ給へ。あはれなりつる所のさまかな。対の前に植ゑられたりける牡丹などの、をかしきこと。」
などのたまふ。
「いさ、人のにくしと思ひたりしが、またにくくおぼえ侍りしかば。」
と答へ聞こゆ。
「おいらかにも。」
とて笑ひ給う。
げにいかならむ、思ひ参らする。
御気色にはあらで、候ふ人たちなどの、
「左の大殿方の人、知る筋にてあり。」
とて、さし集ひもの言ふも、下より参る見ては、ふと言ひやみ、放ち出でたる気色なるが、見ならはずにくければ、
「参れ。」
などたびたびある仰せ言をも過ぐして、げに久しくなりにけるを、また、宮の辺には、ただあなたがたに言ひなして、虚言なども出で来べし。
例ならず仰せ言などもなくて日ごろになれば、心細くてうち眺むるほどに、長女、文を持てきたり。
「御前より、宰相の君して、忍びて給はせたりつる。」
と言ひて、ここにてさへひき忍ぶるもあまりなり。
人づての仰せ書きにはあらぬなめりと、胸つぶれてとく開けたければ、紙にはものもかかせ給はず。
山吹の花びら、ただ一重を包ませ給へり。
それに、
「言はで思ふぞ。」
と書かせ給へる、いみじう日ごろの絶え間嘆かれつる、みな慰めてうれしきに、長女もうちまもりて、
「御前には、いかが、ものの折ごとに思し出で聞こえさせ給ふなるものを。たれも、あやしき御長居とこそ侍るめれ。などかは参らせ給はぬ。」
と言ひて、
「ここなる所に、あからさまにまかりて、参らむ。」
と言ひて住ぬるのち、御返り言書きて参らせむとするに、この歌の本、さらに忘れたり。
「いとあやし。同じ古ごとと言ひながら、知らぬ人やはある。ただここもとにおぼえながら、言ひ出でられぬは、いかにぞや。」
など言ふを聞きて、前に居たるが、
「『下ゆく水』とこそ申せ。」
と言ひたる、などかく忘れつるならむ。
これに教えらるるもをかし。
御返り参らせて、すこしほど経て参りたる、いかがと例よりはつつましくて、御几帳に、はた隠れて候ふを、
「あれは、今参りか。」
など笑はせ給ひて、
「にくき歌なれど、この折は言ひつべかりけりとなむ思ふを、おほかた見つけでは、しばしも、えこそ慰むまじけれ。」
などのたまはせて、変はりたる御気色もなし。
枕草子「殿などのおはしまさでのち」の現代語訳
殿がお亡くなりになってのち、世間に(いろいろな)事件が起こり、騒然となって、中宮様も参内されず、小二条殿という所にいらっしゃるが、(私自身も)なんとなく、不快だったので、長い間実家に(帰って)いた。
(しかし)中宮様のご身辺が気がかりなので、やはり縁を切った(=出仕しない)ままではいられそうもなかった。
(そんな時)右中将がいらっしゃってお話をなさる。
「今日中宮様の御簾に参りましたところ、とても(見聞きする全ての)ものがしみじみと感じる趣でした。女房の装束は、裳も、唐衣も、季節に調和し、(こうした折にでも)怠らずにお仕えしておりますよ。
御簾のかたわらのきいたところから中をのぞいたところ、八、九人ほど、朽ち葉の唐衣(を着)、薄紫色の裳に、紫苑、萩など(の襲も着て)、趣がある様子で並んで座っておりましたよ。
御前の庭の草がたいそう茂っているので、『どうして(茂ったままにしておいでなの)ですか、刈り取らせなされば(いいのに)。』と言ったら、『わざわざ(草に)露を置かせて御覧になると(おっしゃって)。』
と宰相の君の声で答えたのが、趣深くも思われましたよ。(女房たちがあなたのことを)『実家に帰っているのは本当に情けないことです。
(中宮様が)こうした(寂しい)所にお住みになっているようなときには、どんな不快なことがあろうとも、必ず(おそばに)お仕えするはずの人であると(中宮様も)お思いになっているのに、そのかいもなく。』と、多くの人が言っていたのは、(あなたに)はなしてお聞かせ申しあげよということのようですよ。
(とにかく)参上して(お住まいを)ご覧なさい。しみじみと心を打つ所の様子ですよ。寝殿造りの対の屋の前に植えられていた牡丹などの、すばらしかったこと。」
などとおっしゃる。
(私は)「さぁ、人(=女房達)が(私を)憎らしいと思っていたことが、(こちらも)同じように憎らしく思われましたので(参上しないのです)。」
とお答え申しあげる。
(すると右中将は)「正直なおっしゃりようですね。」
と言ってお笑いになる。
なるほど(御所のご生活は)どのようであろうか、と思い申しあげる。
(この長い里帰りも、中宮様の私を不快だとするような)ご様子ではなくて、おそばにお仕えする人(=女房)たちなどが
「左大臣(=藤原道長)方の人と、(私が)親しくしている。」
と言って、集まって話などをしている場合でも、(私が)局から参上するのを見ると、突然話をやめ、のけ者にしている様子であるのが、(今まで)見慣れず憎らしいので、
「参上しなさい。」
などとたびたびいただく(中宮様の)お言葉をもそのままにして、本当に(参上しなくなって)長くなってしまったが、(それを)また中宮様の周囲では、(私を)むやみに左大臣方の人とことさらに言いたてて、あらぬうわさなども出てくるにちがいない。
いつもと違ってお言葉などもなくて何日かたったので、心細くてもの思いに沈んでぼんやりと見やる時に、長女が手紙を持って来た。
「中宮様から、宰相の君を通して、こっそりとくださいました。」
と言って、ここ(=私の実家)でまでも人目を避ける様子であるのもひどい。
中宮様の言葉を女房が代筆した手紙ではないようであると、胸がどきりとしてすぐに開けたところ、紙には何もお書きになっていない。
山吹の花びら、たった一枚をお包みになっている。
それに、
「言は思ふぞ。」
とお書きになっている(のを拝見するにつけても)、たいそうここ数日の(お言葉が)ないことが悲しく思われたことも、すっかり気分を晴らしてうれしい気がしていると、長女も(私を)じっと見つめて、
「中宮様には、どんなにか、何かの折につけて(あなたを)思い出し申し上げなさっているそうですのに。誰もが、不思議に長いお里下がりだと思っているようです。どうして参上なさらないのですか。」
と言って、(また)
「この近所に、ちょっとの間退出して、(すぐまた)参上しましょう。」
と言って去ったのち、(中宮様に)ご返事を書いて差しあげようとするけれど、この歌の上の句を全く忘れてしまった。
「本当におかしい。同じ古歌と言っても、(こんな有名な歌を)知らない人があろうか、(、いやありはしない)。もう口もとまで(出かかっている)と思われるのに、言い出せないのは、どういうわけであろうか。」
などと言うのを聞いて、前に座っている童女が、
「『下ゆく水』ともうします。」
と言ったが、どうしてこう忘れてしまったのであろう。
これ(=童女)に教えられるのもおもしろい。
(中宮様に)ご返事を差しあげて、しばらく日がたってから参上したが、(中宮様のご様子は)どうであろうといつもよりは気がひけて、御几帳に、半分身体を隠して伺候しているのを、(中宮様がご覧になって)
「あれは、新参者なのか。」
などとお笑いになって、
「(『言はで思ふぞ』の歌は)気に入らない歌であるが、今回の場合はどうしても(私があのように)言われなければならいことよと思うので(書いたのだけれど)、(それにしても)全く(そなたの顔を)見つけ出さないでは、しばらくの間も、心が慰められそうにないことです。」
などとおっしゃって、変わったご様子もない。
枕草子「殿などのおはしまさでのち」の単語・語句解説
いらっしゃらなくなった後。
[うたてありしかば]
不快だったので。
[御前渡り]
中宮様のご身辺。
[おぼつかなきにこそ]
気がかりなので。
[え絶えてあるまじかりける]
縁を切ったままではいられそうもなかった。
[あはれなりつれ]
しみじみと感じる趣でした。
[折にあひ]
季節に調和し。季節にふさわしく。
[たゆまで候ふかな]
怠らずにお仕えしておりますよ。
[御覧ずとて]
ご覧になると(おっしゃって)。
[心憂し]
ここでは、なさけない、嘆かわしい、の意。
[候ふべきもの]
(おそばに)お仕えするはずの人。
[なめりかし]
いうことのようですよ。
[にくくおぼえ侍りしかば]
下に「参らずなり侍りぬ」などが省略されている。
[げにいかならむ]
なるほどどのようであろうか。
[下より参る見ては]
(私が)局から参上するのを見ると。
[放ち出でたる気色]
のけ者にしている様子。
[見ならはず]
見慣れず。
[仰せ言をも過ぐして]
お言葉をもそのままにして。
[宮の辺]
中宮様の周囲。
[あなたがた]
あちらのかた。
[言ひなして]
ことさらに言いたてて。
[虚言]
うそ。あらぬうわさ。
[日ごろ]
ここでは、何日か、数日、の意。
[うち眺むるほどに]
もの思いに沈んでぼんやりと見やる時に。
[宰相の君して]
宰相の君を通して。
[忍びて給はせたりつる]
こっそりとくださいました。
[ここにてさへ]
御所だけでなく、実家でまでも、ということ。
[ひき忍ぶるもあまりなり]
人目を避ける様子であるのもひどい。
[胸つぶれて]
胸がどきりとして。
[言はで思ふぞ]
口に出して言わないで心で思うのは。
[いみじう]
副詞的に用いて、たいそう、非常に、の意。
[思し出で聞こえさせ給ふなるものを]
思い出し申しあげなさっているそうですのに。
[などかは参らせ給はぬ]
どうして参上なさらないのですか。
[あからさまにまかりて]
ちょっとの間退出して。
[古ごと]
ここでは、古歌、古歌に用いられている歌詞、の意。
[ここもと]
近称の代名詞。ここ、このへん、の意。
[いかにぞや]
どういうわけであろうか。
[例]
ここでは、いつも、普段、平素、の意。
[つつましくて]
気がひけて。
[今参り]
新参者。新しく使える人。
[にくき歌なれど]
気に入らない歌であるが。
[えこそ慰むまじけれ]
慰められそうにない。
*枕草子「殿などのおはしまさでのち」でテストによく出る問題
○問題:「あまた言ひつる(*)」とは誰が誰に言ったのか。
答え:女房たちが右中将に言った。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は枕草子でも有名な、「殿などのおはしまさでのち」についてご紹介しました。
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