源氏物語(げんじものがたり)は平安時代の長編小説で、作者は紫式部(むらさきしきぶ)です。
今回はそんな高校古典の教科書にも出てくる源氏物語の中から「紫の上の死」について詳しく解説していきます。
源氏物語「紫の上の死」の解説
源氏物語でも有名な、「紫の上の死」について解説していきます。
源氏物語「紫の上の死」の原文
秋待ちつけて、世の中少し涼しくなりては、御心地もいささかさはやぐやうなれど、なほともすればかごとがまし。
さるは、身にしむばかりおぼさるべき秋風ならねど、露けき折がちにて過ぐし給ふ。
中宮は参り給ひなむとするを、
「いましばしは御覧ぜよ。」
とも聞こえまほしうおぼせども、さかしきやうにもあり、内裏の御使ひのひまなきもわづらはしければ、さも聞こえ給はぬに、あなたにもえ渡り給はねば、宮ぞ渡り給ひける。
かたはらいたけれど、げに見奉らぬもかひなしとて、こなたに御しつらひをことにせさせ給ふ。
こよなう痩せ細り給へれど、かくてこそ、あてになまめかしきことの限りなさもまさりてめでたかりけれと、来し方あまりにほひ多くあざあざとおはせし盛りは、なかなかこの世の花の香りにもよそへられ給ひしを、限りもなくらうたげにをかしげなる御さまにて、いとかりそめに世を思ひ給へるけしき、似るものなく心苦しく、すずろにもの悲し。
風すごく吹き出でたる夕暮れに、前栽見給ふとて、脇息に寄りゐ給へるを、院渡りて見奉り給ひて、
「今日は、いとよく起きゐ給ふめるは。この御前にては、こよなく御心も晴れ晴れしげなめりかし。」
と聞こえ給ふ。
かばかりのひまあるをも、いとうれしと思ひ聞こえ給へる御けしきを見給ふも、心苦しく(*)、つひにいかにおぼし騒がむと思ふに、あはれなれば、
げにぞ、折れ返り、とまるべうもあらぬ、よそへられたる折さへ忍びがたきを、見出だし給ひても、
とて、御涙を払ひあへ給はず。
宮、
と聞こえ交はし給ふ御かたちどもあらまほしく、見るかひあるにつけても、かくて千年を過ぐすわざもがなとおぼさるれど、心にかなはぬことなれば、かけとめむ方なきぞ悲しかりける。
「今は渡らせ給ひね。乱り心地いと苦しくなり侍りぬ。言ふかひなくなりにけるほどと言ひながら、いとなめげに侍りや。」
とて、御几帳引き寄せて臥し給へるさまの、常よりもいと頼もしげなく見え給へば、
「いかにおぼさるるにか。」
とて、宮は御手をとらへ奉りて泣く泣く見奉り給ふに、まことに消えゆく露の心地して、限りに見え給へば、御誦経の使ひども数も知らず立ち騒ぎたり。
先々もかくて生き出で給ふ折にならひ給ひて、御物の怪と疑ひ給ひて、夜一夜さまざまのことをし尽くさせ給へど、かひもなく、明け果つるほどに消え果て給ひぬ。
源氏物語「紫の上の死」の現代語訳
待ちかねた秋になって、世の中が少し涼しくなってからは、(紫の上の)ご気分もいくらかさっぱりするようであるが、やはり、どうかすると恨めしい思いになりがちである。
とはいうものの、身にしむほどお感じにあるはずの秋風ではないのだが、(紫の上は)涙にぬれがちでお過ごしになっている。
明石の中宮が(宮中に)お帰りになろうとなさるのを、(紫の上は)
「もうしばらく(滞在して病状を)御覧になってください。」
と申し上げたくお思いだけれども、出過ぎたようでもあり、帝からの(参内を促す)お使いがひっきりなしなのも気にかかるので、そう申しあげなさらないうえに、あちら(の東の対)にも出向くことがおできにならないでいると、中宮のほうから出向いていらっしゃった。
(取り乱していて)心苦しいけれども、本当にお目にかからないのも残念だ、というわけで、こちら(の病室)に御座所を特別に準備させなさる。
(紫の上は)非常に痩せ細っていらっしゃるけれども、こうであってこそ、上品で優雅なことの限りない様子もまさってすばらしいことだと(中宮は御覧になって)、以前はあまりにも艶麗さが多すぎて、鮮やかなまで華やかでいらっしゃった女盛りは、かえってこの世の花の美しさにも比較することがおできになったのに、(今は)このうえもなく愛らしい美しい感じのお姿で、本当にはかないものとこの世を考えていらっしゃる様子は、たとえようもなく気の毒で、なんということもなくもの悲しい。
風がいかにも寂しく吹き出した夕暮れに、(紫の上は)庭の草木をご覧になろうとして、脇息に寄りかかっていらっしゃるのを、院(源氏)がおいでになって見申しあげなさって、
「今日は、本当によく起きていらっしゃるようだね。 (明石の)中宮のおそばでは、このうえなくご気分も晴れ晴れすると見えますね。」
と申し上げなさる。
(紫の上は)こればかりの気分のよいときがあるのにも、非常にうれしいとお思いになっている(源氏の)ご様子を御覧になるにつけても(源氏が)気の毒で、最期というときに(源氏は)どんなに思い乱れなさるだろう、と思うとしみじみと悲しいので、(紫の上は)
なるほど、(萩の枝が風に)折れ返り、(葉の上に)とどまりそうにない露が、(紫の上の身に)思い合わせられるが、(秋の夕暮れという)その折までも耐えがたいので、(源氏は)外を御覧になっても、
とよんで、涙をぬぐいきれないでいらっしゃる。
明石の中宮も
と、互いに歌をよみ交わしなさる(中宮も紫の上も)御容貌が理想的で、見るかいがあるにつけても、(源氏は)こうして千年も生き長らえることができたらなぁと、お思いになるが、(人の命は)思うにまかせないことなので、(死んでゆく人の命を)ひきとどめるすべがないのは悲しいことだった。
(紫の上が)「もうお帰りになってください。(私は)気分がひどく悪くなりました。言う甲斐もなくなってしまった(衰弱)状態とは申しながら、(寝たままでは)誠に失礼でございますから。」
と(中宮に)おっしゃって、御几帳を引き寄せて横になられた様子が、いつもよりひどく頼りなさそうにお見えになるので、
「どんなご気分でしょうか。」
と言って、中宮は(紫の上の)お手をおとり申し上げ、泣く泣く(ご様子を)見申しあげなさると、本当に消えてゆく露のような感じがして、この世の最後と見えなさるので、御誦経を頼みに行く使者たちが、数えきれないほど大勢立ち騒いでいた。
以前にもこんな状態で生き返りなさった場合があるのに慣れていらっしゃるので、(源氏は)御物の怪のしわざかとお疑いになって、一晩中(加持祈禱などの)さまざまなことをすべてさせなさったが、その甲斐もなくすっかり明けるころには(紫の上は)お亡くなりになってしまった。
源氏物語「紫の上の死」の単語・語句解説
とはいうものの。
[中宮]
明石の中宮。
[内裏の御使ひ]
帝からのお使い。
[わづらはしければ]
気にかかるので。
[さも聞こえ給はぬに]
そう申しあげなさらないうえに。
[こなた]
こちら(の病室)。
[ことにさせ給ふ]
特別に準備させなさる。
[限りなき]
限りない様子。
[来し方あまりにほひ多く]
以前はあまりにも艶麗差が多すぎて。
[香り]
(つやつやとした)美しさ。
[よそへられ給ひしを]
比較することがおできになったのに。
[かりそめに世を思ひ給へる]
はかないものとこの世を考えていらっしゃる。
[かばかりのひま]
こればかりの気分のよいとき。
[つひにいかにおぼし騒がむ]
最期というときに(源氏は)どんなに思い乱れなさるだろう。
[萩の上露]
萩の上に置く露。
[とまるべうもあらぬ]
とどまりそうにない。
[消えをあらそふ]
どちらが先に消えてゆくか、先を争う。
[おくれ先立つほど経ずもがな]
(死に)後れたり先立ったりする間を置きたくないものだ。
[払ひあへ給わず]
(涙を)ぬぐいきれないでいらっしゃる。
[聞こえ交はし給ふ]
互いに歌をよみ交わしなさる。
[御かたちども]
中宮と紫の上の御容貌。
[今は渡らせ給ひね]
もうお帰りになってください。
[言ふかひなくなりにけるほど]
言う甲斐もなくなってしまった(衰弱)状態。
[なめげに侍りや]
失礼でございますから。
[御誦経]
僧に読経させること。
[先々もかくて生き出で給ふ折に]
以前もこんな状態で生き返りなさった場合があるのに。
[御物の怪]
人に取りついて苦しめる死霊や生き霊。
[明け果つる]
夜がすっかり明ける。
*源氏物語「紫の上の死」でテストによく出る問題
○問題:誰が「心苦しく(*)」思うのか。
答え:紫の上。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は源氏物語でも有名な、「紫の上の死」についてご紹介しました。
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